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304号室のライオン

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憧れの都会への引越しが決まったのは、高校受験を控えた1月の始めのことだった。父親の単身赴任に、任期が長くなりそうだからという理由で母親がついていくことになった。そうなれば、当然僕もついていかざるを得ない。



初めは両親ともに、目と鼻の先にある祖父の家に世話になったらどうかと薦めていたのを、都会に出たい一心で拒否して、志望校を変えてまで引越しを選んだのは僕だった。比較的学校と、そして父親の会社へも近い場所に良い条件で借りられる物件も整っていたので、引越しは滞りなく進み、中学を卒業してすぐ、僕はこの池袋の地へ降り立った。・・・ただし最終的に降り立ったのは僕一人、だったのだが。



『帝人、ちゃんとスーパーの場所は確認した?』
「大丈夫、電気屋さんもついでに見てきた」
『正臣くんには会えたの?』
「うん、全然変わってなかった」
『何か困ったことがあったら正臣くんを頼るのよ。お母さんもよろしく電話しておいたから』
「・・・またそういう余計なことを」
『余計じゃないでしょう。初めて東京に出てきて、あんな都会で一人暮らしなんて、心配するに決まってます』
「一人暮らしの予定ではなかったんだけどなぁ・・・」
『それは本当に申し訳なく思ってるわよ。お父さんもお母さんも、夏と冬の長い休みには日本に戻るから』
「わかってる、怒ってるわけじゃないよ」
『・・・今からでも、おじいちゃんとこに戻って良いのよ?』
「地元の学校の編入試験を今から受けろって?冗談やめてよ、この間受験終わったばっかなんだよ?」
『でも、』
「大丈夫、うまくやるよ」



母さん達も気をつけて、そろそろ時間でしょ。
空港からかけてきた母親の電話を、そう言って手短に切った。両親は今、遠く異国へ旅立つために空港にいる。




最初は、東京への単身赴任、という話だった。それがいつの間にか海外になったのは一重に、父親の確認不足であったことに他ならない。東京への単身赴任というのは、海外赴任前にある本社での会議に出席するためのほんの短いものだったのだ。それをそのまま東京への単身赴任だと思って引越しやらなにやらの話を進めていた父親に、母子揃って説教をしたのが一週間前。それから出発までの一週間に、母は僕にこの地で生活する上で必要なことを叩き込んでいった。スーパーの場所、電気屋の場所、交番の場所、ドラッグストアの場所。それにありとあらゆる家電品の使い方、裁縫の仕方、料理の仕方。息子に花嫁修業させることになるとは思わなかったわと笑った母は父親についていき、高校の決まった僕は2LDKに一人取り残された。・・・いや、日本という国に、一人取り残されてしまった。




「どうしようかなー」



電話を切ったその体勢のまま考える。電話が来た時はホっとしたのに、切ってしまってから肝心なことを聞けていなかったことに気付いた。右手にもったままのおたまに料理中にきた電話。そしたらもう、聞くことは一つだ。




「・・・お醤油、どこ・・・・」




スーパーに寄って買い物をして、たどたどしい手つき野菜を切って炒め始めたところまでは良かった。水を入れて、あとは調味料を入れて煮るだけ。醤油とみりんと砂糖。ネットのレシピにはそう書いてあった。ちゃんとした料理の割に工程が比較的簡単だったから、一人暮らしになれる為にも、と思って選んだ肉じゃがは今、水とみりんと砂糖だけ加えられた状態で、コンロの上で眠っている。




「これじゃ水煮?甘煮?・・・どっちにしろ食べられないよ、ね」




家の中をひっ繰り回して探したけれど、醤油は見つからなかった。食卓の上に置かれた醤油差しの中も空。もしかしたら母も買おうと思って忘れていたのかもしれない。というか多分、それだ。


今日場所を確認してきたスーパーは家から少し離れたところにある。徒歩20分はかかるし、慣れない作業をしたので時刻は既に9時を回っているから、多分もう閉まっているだろう。そうなると本当に困った。どこで醤油を買えば良いのかわからない。




「こういった場合はあれなの?やっぱりあれしかないの?」




出かける前に見た某国民的アニメを思い出しながら、それはちょっと恥ずかしいのでできればやめたい、でも・・・という気持ちが、喉元を上がったり下がったりする。挨拶の済んでない家へそんなこと、とは思うのだけど、この機会に挨拶も済ませてしまえば、という気持ちもある。両親のいる間に時間が合わずに渡せなかった304号室の家への引越しの挨拶の涼菓子は、そろそろ賞味期限も近かった。



作品名:304号室のライオン 作家名:キリカ