304号室のライオン
それから散々迷ってでも、結局行かなくてはならないのだしと、僕は涼菓子詰め合わせを手に挨拶に行くことを決めた。もしかしたらまた居ないかもしれない。そしたら諦めて大人しく反対側のお隣さんにお醤油を借りよう、小さな逃げ道を作りながらサンダルを引っ掛ける。タダでさえ人見知りの僕があいさつ回りなんて、しかもついでにお醤油を借りるなんてできるだろうか・・・そんな不安を胸にドアを開けると、ゴン、という音を上げて、何か重いものにドアが引っかかった。・・・なんだろう?ドアの隙間から顔を覗かせて見る。そして僕は固まった。さっきの比ではなく、本当に、カチンコチンに。
「・・・・・ひ、」
ひ・・・・・と?!!!!!!!!
ドアのすぐ向こうに倒れていたのは、紛れもなく、人だった。長身の、なぜか傷だらけの、バーテン服を着た、男の人。頭を抱えるようにして蹲っていて、うんうんと唸っている。
「ちょ、え、だいじょう、大丈夫ですか?!!あの、え?!!大丈夫なの?!!大丈夫なんですかそれ!!!」
「・・・・ぁー・・・?・・・だれ・・・だ・・・・?」
「竜ヶ峰です、ってそうじゃなくて、今はそんな場合じゃ・・・」
助けなきゃ、と身を捩じらせて何とかドアの隙間から外にはいでてすぐ、僕は外にでたことを後悔した。倒れている人は想像以上に背が高くて、とてもじゃないけど、僕一人の力では助け起こすことも出来そうにない。家の中にいれば救急車でも呼べたのに、今は携帯も持っていない。
「人、人・・・お隣の、え、と、へいわ、じま・・・さん?平和島さん!」
焦った僕は、挨拶に行くつもりだった304号室の表札の名前を叫んだ。いつも留守のお隣さん。今日はいるかもしれない。ていうかいてくれ、頼む、お願いだから、そう思って乱暴にドアを叩く。
傷だらけの男の人は、僕の声に反応して少しだけ頭を起こした。動いて大丈夫なのかと問おうとして屈むと、何故か、がっと腕を掴まれて・・・・・・え?
「・・・・なんだ?」
「・・・へ?」
「・・・いや、だから、なんだよ?」
「なんだよって、え?」
「今、呼んだだろ。平和島って」
「あ、はい呼びましたけ・・・・ど・・・・・」
完全に頭を起こした男の人は、派手な金髪の隙間から鋭い眼光を覗かせながら、だから俺が、平和島、と短く言った。それからすぐ唇の端が切れていたことに気付いたのか、赤い舌で傷を舐める。僕はその光景をどこか上の空で眺めながら、(・・・ライオンみたい)なんて思って、次の瞬間には驚きのあまり、思わず手落としていた涼菓子を差し出していた。
「・・・・・?」
「あの、引越しのご挨拶、です」
混乱の余り少し上ずりながらそう言うと、彼は、平和島さんは、合点がいったように瞬きをしたあと、よろしくなと犬歯を見せながら小さく笑った。
僕はやっぱり(・・・ライオンみたい)と思いながら、お醤油を借りるタイミングを計ろうと、それ、プリンとかなんです・・・と、ぎこちなく微笑むしかなかった。
(母さんやっぱり、)
(一人は、無理かも!!!!)
304号室のライオン
作品名:304号室のライオン 作家名:キリカ