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バースデー

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 毎年この日が来ると気鬱になる。
 自分の誕生日、それは一般的に言えば喜ばしい物なのかも知れないけれど、ベラルーシの唇から零れるのは溜息ばかり。
 何故なら、ロシアから離れてしまった日だからだ。
 ベラルーシは部屋に閉じ籠もり窓から空を見上げる。
 憎らしいほどの青空に飛び立つ鳥の群れ。
 鳥に焦がれる人間は多いだろうが、ベラルーシに空は大きすぎる。
 ここ最近ではウクライナの政策に巻き込まれ、ロシアにそっぽを向かれたまま。
 心身共にロシアの風に凍えさせられそうだ。
 こんなベラルーシを知っているリトアニアは、誕生日前になると必ず「俺の家に来る?」と誘ってくれる。
 1人で泣くことはないんだよとベラルーシに伝えたいのだろう。
 だけど、独立を喜びとして胸に掲げる彼の前で、独立という言葉を嫌い自分を遠ざけるロシアに涙する事なんて出来ない。返って傷つくばかりだ。
 しかし、今日はこのまま寝ようとベットに腰掛けた途端、玄関からチャイムの音が聞こえた。
 この日だけは人払いをしてるというのに一体誰が。
 怪訝な表情を浮かべながらも繰り返されるチャイムに耳鳴りがして、ベラルーシはベッドから立ち上がる。
 早々に追い払ってしまおうと心に決め、目を何度か擦りながら玄関のドアに手をかけると、想像にもしなかった人物がそこに立っていた。
「Hello!!」
 脳天気な笑顔に真っ白い歯、ベラルーシよりも頭一つ分高い身長に明るい声。
 もはや条件反射だろうか、即座にドアを閉めようとしたベラルーシだったがそうはさせるかと彼の足がドアに入りこむ。
 そして、目立って筋肉質にも見えない体からは信じられないほどの力で容易くドアを開けると、許可無く家の中に入りこみ、もう一度、「Hello」。
 そう、世界大国であり、ベラルーシの目の敵でもあるアメリカが、今、ここに、ベラルーシの家にいるのだ。
 悪夢でも見ているのだろうかと思いながらも体は即座に武器を探す。
 なのにこんな時に限って武器がない。

「ベラルーシってもっと寒いかと思ってたんだけど、意外に暖かいんだなぁ。それに自然が多いよね。もっと観光に力入れればいいのに。そういえばベラルーシの家に来るのは初めてだなぁ、結構大きいね」

 一方アメリカはベラルーシのことなど気にも留めず家の中を探索し始める。慌ててその服を掴み追い出そうとしたが全く敵わず引き摺られた。

「何しに……!」

 よりにもよってこんな日に、しかもこんな奴が来るなんて。
 珍しく彼相手にあげた言葉にアメリカがくるりと振り返る。

「今日誕生日だろ!」
「……何を言ってるの?」
「誕生日。birthday」
「誰が」
「You」

 そこまで言ってアメリカが声を上げて笑う。

「ベラルーシ、君、自分の誕生日もわからないのかい? ダメだなぁ!」

 バシバシと肩を叩かれて、ベラルーシは眉間に皺を寄せた。ナイフだ、ナイフが必要だ。
 そう思うや否や、寝室に向かって駆け出す。

「おっと!」

 なのに、アメリカの腕がベラルーシの腰に周り、それを阻止した。

「離せ」

 何とか逃れようともがくのにやはり敵わないその力。
 このまま抵抗し無駄に体力を消耗するのも得策ではない。ここは大人になってこいつの目的を聞き出そう。

 大人しくなったベラルーシを見てアメリカがそっと腕を離す。

「何の用だ」

 あくまで無表情のまま問いかければ彼はしまりのない笑顔で笑って、

「だから誕生日だろ! プレゼント持って来たのさ!」

 これがリトアニアや、エストニア、ラトビアくらいまでなら納得しただろう。しかし相手はアメリカだ。

「……何が目的だ」
「誕生日お祝いだって!」

 繰り返された質問にアメリカが唇を尖らせる。

「忙しいのにわざわざここまで来たんだよ。お祝い以外の何物でもないさ」

 どうやら本当に、ベラルーシの誕生祝いに来たらしい。

「お祝いなんて……」

 恩義せがましく言い放ち肩をすくめるアメリカに、ベラルーシは殺気を滲ませた眼差しを向ける。
 誕生日のお祝いなんて、今、自分を一番苛立たせる言葉だ。

「……帰れ……私には必要ない」

 いっそ馬鹿にされているようにも思えてベラルーシはそう吐き捨てる。
 何でこんな日に傷を抉られなければいけないのだ。1人でそっとしておいて欲しい。

「玄関は向こうだ」

 これ以上顔を合わせているのも辛くなって、ベラルーシは彼に背を向けた。
 そのまま部屋に戻ろうとしたベラルーシ。しかし、彼の手が伸びたかと思いきや、その胸に抱きしめられる。

「な……」
「1人で泣くんだろ?」

 いい加減にして、そう言うつもりだった。
 なのに、いつものうるさいくらいに明るい声を潜めてアメリカが静かに問いかけてきたので、ベラルーシは驚く。

「ロシアには祝って貰えないだろうし、リトアニアのことは遠ざけてるみたいだし。だから、俺の胸を使ったらいいぞ」

 馬鹿を言うな、とその腕の中で身動ぎした。
 なのにアメリカは更に強くベラルーシを抱きしめる。

「こんな時は、誰かの胸の中で泣くのが一番さ」

 この男は人の話を聞いているのだろうか。
 ベラルーシは呆れに近い感情を抱き息を吐く。
 アメリカの胸でなんか泣けるはずがない。
 彼は自分達の関係を理解しているのだろうか。

 しかしいつまで立っても腕を離さないアメリカに、手段の一つとして涙でも見せてやろうかと思った瞬間、アメリカがポツリと呟いた。

「俺も、君とは種類がちょっと違うけど、誕生日になると泣きたくなるよ」

 自嘲するような呟きにベラルーシは目を見開き彼を振り返ろうとする。
 なのにアメリカがベラルーシの目を右手で隠して静かに息を吐いた。

「嫌いだから離れたんじゃないんだけどな」

 その一言。
 たったその一言にベラルーシの体は震え上がり指先から鳥肌が立っていく。

 自分が今抱いている感情と彼が見せた感情は決して同等の物ではない。
 しかし、彼の心の奥底から込み上げ口から零れた寂しさだけは、ベラルーシが抱くそれに酷似していた。

 流れ込んできた感情はベラルーシの寂しさを膨れあがらせて、涙腺を弱めてしまう。
 そういえば、ロシアも自分が離れていく時、一言だけ呟いた。

『ベラルーシも僕のことが嫌いだったんだね』

 信じてたのに、と笑顔のまま言い放った彼の心がどれだけ涙を流しているかベラルーシにでも容易に想像が付いた。
 必死で違うと否定したのに彼は信じてくれなかった。

「むしろ大好きなんだけどね。はは、本人を前には絶対言えないなぁ、俺は。……まぁ、言っても信じてくれないだろうけど。自分に誕生日があるって言うのは、そういうことだしさ」

 どれだけ言葉を尽くしても、態度に表しても、離れてしまった事実は消えない。
 ベラルーシの瞳から涙がこぼれ落ち、アメリカの革手袋を濡らす。
 涙の感触なんてわからないはずなのに、彼はベラルーシが涙を零したことを察したようで、手袋を歯で噛み外すと、地肌でベラルーシの涙を拭った。
 そして、ベラルーシの体を反転させて、今度は向き合うようにして抱きしめる。
作品名:バースデー 作家名:toowa