バースデー
「今日は休戦しよう。俺も、明日誕生日でちょっとナイーブなんだ。だけど俺を知る人の前ではこんな姿見せられないし見せたくないから」
アメリカはベラルーシの肩を数回さするとプラチナブロンドに頬ずりする。
「今だけは傷を舐め合おうよ。君は、ロシアを追いかけ回せるように、俺は、みんなの前で笑えるように」
今この瞬間だけは利害が一致してるだろ? とアメリカはからかうように笑う。
それに反応を返せないまま、ベラルーシはアメリカの胸で泣いた。
アメリカは子供をあやすようにベラルーシの頬に、額に、髪に口付ける。
「ロシアだと思って良いよ」
普段の脳天気な笑顔が嘘のように、普段の誇大妄想発言が嘘のように、彼は囁く。
「……お前はお前だ。兄さんの代わりになんか絶対にならない」
ベラルーシはアメリカの服をぎゅっと掴むと唇を噛みしめ、
「お前が兄さんだったら、私は泣けない」
その言葉に、アメリカが柔らかく笑う。
「それはそうだ。俺は俺だからな」
少し嬉しそうな弾んだ声。いつもは耳障りなはずなのに、今日だけは心地良い。
考えてみると、人の胸の中で泣いたことは初めてじゃないだろうか。
(暖かい)
自分を包み込む腕の感触がこんなにも心地良いなんて。あの、アメリカの腕なのに。
いやきっと、これはアメリカの腕だからなのだろう。
「……ああ、もう行かなきゃ。明日はパーティーだからね」
やがて、アメリカはベラルーシを離すと、涙の溜まる目尻に口付けペロリと舐める。
「忘れて良いよ。お互いに不都合な記憶だろうし。でも、忘れなくてもいい。それはそれで嬉しいから」
そう言って、アメリカは背負っていたカバンから一つの箱を取り出す。
「はい」
ベラルーシが普段では考えられないほど素直にそれを受け取ると、
「Happy bitheday!! 君が生まれたこの日に最大限の感謝と敬愛を! また俺を殺しにおいで、楽しみに待ってるよ!」
彼は晴れ渡る快晴のような笑顔を浮かべてそう言った。
アメリカが帰り一人残された屋敷の中でベラルーシはプレゼントを開く。
そこには、美容液にファンデーション、リップにマスカラ、マネキュア等、他にも沢山の高価な化粧道具が揃っていた。
その中に、アメリカからのメッセージカードを見つけて、ベラルーシは書かれた文字を目で追う。
『化粧なんかしなくても君は十分綺麗だけど、あまりにも無頓着なのは勿体ないと思うよ。たまには気分転換に』
「……余計なお世話」
確かにアメリカが言うようにベラルーシは化粧などには無頓着だ。
しかし、リトアニアも時折する、くすぐったい女扱いにベラルーシは目を細めて、立ち上がった。
そして、衣装ダンスを開き服を探す。
ベットの上にそれを並べながら、ベラルーシは「こういうのは嫌いなんだ」と呟いた。
−−−
翌日、アメリカは郊外の家を貸し切り、誕生日パーティーを開催していた。
次から次に来る来客の相手をしながら気になるのはイギリスだ。
多分彼は来るだろう。
だけど、プレゼントを渡すタイミングを計りかねてどこかにうずくまっているに違いない。
この日が来ると表情が悪くなるイギリスを前に、アメリカはいつも複雑な感情を抱く。
(自分の配下にいないと、家族としては認めてくれないのかい?)
彼は個々の国として独立すれば、今までの情は全てなくなり消えてしまうとでも言うのだろうか。
いつまで立っても子供扱いし、優位に立とうとするイギリスを見ていると、もうすでに成長した自分を認めてくれていないような錯覚に陥る。
結局、彼は自分が子供の頃の幻影を追いかけたままじゃないのだろうか。
あの時の愛しさと情愛を引き摺り、今のアメリカを見ようともせずに無理矢理愛そうとしているんじゃないか。
彼からの解放を選び自由をもぎ取った自分が全てを手に入れる事なんて無理な事だとはわかっている。
だけど、いつも思うのだ。
(イギリス、君は誰を見ているんだい。
俺はもう、寂しさに泣いて君の服を引っ張り回していた『僕』とは違うんだよ。
彼が大事なら、もう今の俺には関わらなければ良いんだ。
いつまでも思い出の殻に閉じこもり、過去の俺を懐かしめばそれで良いんだよ)
そうじゃなければ、辛い。
誰が?
そう、自分が。
アメリカ自身が。
自分を通して過去の幼い、彼に笑いかける自分を探されているようで、辛い。
昼から始まったパーティーは太陽を送るように続いて、いつの間にか月が見守る係。
(今日は遅いな……)
未だ現れないイギリスに内心そわそわしながらアメリカは周囲を探す。
すると、ようやく人混みから離れて立ちすくむイギリスを見つけた。
アメリカはまずは安堵に胸を撫で下ろし、群がっていた人々を掻き分け、あくまで自然な動作でイギリスに近づく。
焦りを見せないように歩調を緩やかにするのが、いつも以上に難しかった。
「や。相変わらずブスくれた顔してるね」
「なっ! 会って早々言うことがそれか!!」
声をかけられてホッとしてるクセに、アメリカの言葉にムキになって声を上げるイギリス。
その背中に隠した紙袋に当然気が付いて、アメリカは「はい」と手を伸ばす。
「な、なんだよ」
「まさかプレゼントも持たずに現れたりしないよね? 英国の紳士様」
挑発するとイギリスは「当然だろう!」と叫んで、容易くプレゼントをアメリカに差しだした。
こうやって、誘導してやらないと彼はいつまでも意固地にプレゼントを渡せないのだ。
その上、家に戻って自己嫌悪に陥る。
全く困った兄だ。
「何だか随分軽いね、中身何?」
「スーツだ、スーツ」
「ええー」
また見当違いな物をプレゼントに寄越したなと悪態付くアメリカにイギリスはふんぞり返りながら、
「ちゃんと流行物のスーツを買ってきてやったんだからな! お前の服装はだらしなさ過ぎるんだよ! 世界大国名乗るならもっとシャンとしろ、シャンと!!」
「服装なんて関係ないだろう? ジーンズを履いてても、パーカー着てても俺は俺じゃないか」
「示しが付かないだろうが! 全くお前は……昔は素直で可愛かったのによぉ!」
イギリスの言葉に、突然、血液の中に氷が入って駆け回ったかのように体が冷え、無表情になる。
そんな自分を自覚したアメリカは慌てて表情を作り上げた。
笑顔を張り付けながら、こちらの方が胃が痛む。
誕生日になると必ず出てくるこの愚痴は、イギリスが思っている以上に堪えるのだ。
(そんなに俺が一つの国になるのが嫌だった? 憎らしい? 妬ましい? 俺の誕生日を、君は祝いたくない? 当然だよな、わかってるんだけど)
こんな物いらないよとプレゼントを投げ捨ててやろうかと意地悪なことさえ思う。
だけどそうは出来なかった。
彼が素直になれないように、自分だって素直に感謝の言葉を彼に伝えることが出来ないのだから。
せめてこのプレゼントを受け取るくらいしか自分には出来ない。
そこで、すっとテーブル側にいた女性がこちらに歩み寄ってきた。