無題
「悪かったよ。アプロ。オレがどうかして・・・」
言いかけたセリフを言い切る前に、ラテルは自分が罠にはまったとに気付いた。
彼が謝罪の言葉を言った瞬間に、涙にぬれたアプロの眼がきらりと光ったのが眼に入った。
やられた!そう思ったときにはもう遅かった。
「にゃははは。俺をいじめるからだ」
罪悪感はずっしりと重くのしかかったまま、怒りを奮い起こそうとしてもその片鱗すら姿をみせない。
アプロの得意技、精神凍結。
「あぁ、オレがわるかったよ」
頭の片隅、理性では自分がこんな気持ちでこんなセリフを言っているのは偽りだと考えている。
自分は怒っているのだ。そう思い込もうとするのに、まったく怒りの感情が表れない。
「オレ、悪くない?」
「あぁ、全く悪くない。」
「今度、ステーキおごってくれる?」
「あぁ、何枚だって。お前の気がそれで済むのなら」
「ニャハハハ!やったやった。俺、ラテル大好き」
頭の隅で、自分は本当はそんなことを言いたいのではない。自分は罪悪感などこれっぽっちも感じてなどいないと言い聞かせるが、やはり怒りは湧いてはこない。
変わりにある思いといえば、アプロ、なんていいやつなんだ・・・なのにオレときたらなんと酷いことを言ってしまったのだろう・・・という重い罪悪感。
「アプロも、あまり調子にのらないでください。」
たしなめるラジェンドラにアプロが笑う。
「ラジェンドラも今のうちになにかたのんどいたら?きっとなんでも買ってくれるよ。」
「あいにく、私の部品はすべて特注品ですので。ラテルの給料で払えるとは思えません。」
ラテルは、その様子を見ながらゆっくりと手を動かした。
なるべく、その手の動きのことを考えないようにしながら。
考えれば、その手の動きは止まってしまうだろう。
だが、止めるわけにはいかない。
ゆっくりと手動かし、ベルトのホルスターからレイガンをゆっくりとはずした。
そのまま、ろくすっぽ狙いを定めずに、黒猫に向かって引き金を絞った。
アプロに命中こそしなかったが、すぐそばで光線がはね、ブリッジに穴が開いたことでアプロはぴょんと跳ねた。
出力は最低限の大きさだったのでその程度で済んだが、アプロにあたっていたら身体に穴が開いていておかしくない威力。
驚いたアプロは精神凍結を解いてしまう。
「ラ・・・ラテル!危ないじゃないか!」
「アープーロー!!!よくも・・・よくも・・・よくも・・・・
今なら精神凍結してもいいぞ!この怒りがさめないようにな!」
「ラテル!私の中でレイガンを打つのはやめてください。修理代はあなたたちの給料から差っ引いてもらいますからね!」
じりじりと迫るラテルに、アプロは二本足で立って後退する。
「お・・オレ用事思い出した」
「オレの用事の方がさきだ」
言うとともに、二人の追いかけっこが始まる。
「うわー。ラジェンドラたすけてー。ラテルが乱心した!」
「何が乱心だ!この化け猫!こら!まて!またんか!いまその皮はいでやる!」
「二人とも!」
ピーっと小さな電子音。
“ラテル。いるか?”
聞こえてきたのは、彼らのボス、チーフバスターの声。
それとともにメインディスプレイに彼の顔が映し出される。
同時に、向こうにもこっちの様子が移っているはずで、彼の顔が一瞬にしてげんなりといった表情に変わった。
「チーフすみません」
“いや、いい。いいんだ・・・”
映像の向こうで、チーフは小瓶をふり、恐らく鎮痛剤であろうクスリを大量に口にほうりこんだ。
そのあと、水ものまずにがりがりと噛みだす。
“太陽圏で海賊騒ぎだ。本来なら、他の奴らを派遣したいところだが・・・”
そういって、円をえがきながらブリッジを走り回る一人と一匹をみてチーフはため息をついた。
“暇なやつがいないんだ。悪いが、ラジェンドラ出動してくれ”
「了解しました。私一人でいいのですか?」
チーフバスターがラジェンドラ一艦のみを指定したのかと、ラジェンドラが確認する。
また、チーフバスターの深いため息。
“そいつらも連れて行ってくれ。私の頭痛が少しでも治まるように。”
「わかりました。チーフ。気持ちはよくわかります。」
“ラテルチームでまともなのはお前だけだよ”
「ありがとうございます。ではラジェンドラチーム。いってきます。」
ラテルチームといったのを、ラジェンドラはわざと言い直し船外に警報を鳴らすとゆっくりと格納庫を離れていった。