非日常よ、こんにちは
01
竜ヶ峰帝人は額を押さえた。押さえた皮膚の奥底から堪えきれない鈍痛が響いてくる。痛い。ほんとうに痛い。
眉間に皺を寄せつつ、首をひねる。
(何でだろう……新しい生活で疲れが溜まったのかな。寒かったり暑かったりした日が続いたからかな。あ、昨日暑かったから頭乾かしながらネットやってたから?ここ最近夜更かし続けてたし……)
第三者が客観的に判断したなら『全部だ』と切り捨てたことだろう。住み慣れた土地から独り上京してきたことによる気疲れとも言えるし、高校入学を終えたばかりの春先にもかかわらず冬物が手放せない陽気にやられたとも言える。そもそもの生活習慣が招いた結果ともとれるし、その件に関しては実家住まいのときから口を酸っぱくして言われていたから納得せざるをえない。うん、なるほど。
つらつら気休めに考えをひねり出してみたものの、やはり痛みはちっとも和らがないし、現状も大した変わりをみせない。
授業が終わるまで後三十分弱。頭痛を抱えたままやり過ごすには際どい時間だが、幸いにも授業は選択科目の社会。教師に指されることもなく、平坦な朗読は頭痛を刺激することのない声量だ。何事もなければ充分乗り切れる授業だと帝人は判断し、それは間違いなかったはずだった。
確信が崩れたのは終了二十分前。
にわかに教室の一角が騒がしくなった。鼓膜から突き刺さる大声に痛みが増してしまった帝人は、原因に目を向けることすらできなかった。
原因は――恐らく、二クラス合同授業だったことだろう。この十数日で、この学校の雰囲気があまりよろしくないことには気づいていた。性質の悪い連中に出くわそうものならば学校内でもカツアゲが起きるというガラの悪さ。当然そういった輩は新入生の中にも紛れているもので、早いのでは既に派閥を作り上げたりその名を校内に轟かせていたりしている。
この合同授業が本格的に始まったのは今日だ。仲良しとは言い難い連中がうっかり同じ授業を選択してしまい、本日めでたく鉢合わせ――といった件だろう、たぶん。
耳で拾った罵詈雑言と音を分析してみたものの、帝人にとっては最悪の一言に変わりなかった。痛い。頭が痛くてたまらない。じっと痛みに耐え健気に授業を受けていたというのにこの仕打ち。増すばかりの頭痛と収まる様子のない傍らの喧嘩。
教室は既に騒然としており、席に着いたままの生徒はもはや壁際の自分だけだということに帝人は気づかない。
(……………………)
痛みに狭まる思考の中ふつふつと湧き上がるものがあった。
その熱量は臓腑を焦がし頭の奥を冷まさせる。
(……………い……)
痛みに耐える自分が馬鹿だったのか? 否、自分ではない、非の在処は明らかだ。
手の中にある馴染んだ感触がカチリと音を立てる。
(…………さい……)
喧騒は破壊音を伴うようになっていた。鼓膜を殴るかのような大音量。
腹の底から頭まで突き抜けたそれに従い帝人は腕を振り上げた。
音という音が止まった。
「 うるさい 」
振り下ろしたボールペンは両者の中間にあった机に突き刺さっていた。
帝人はようやく止んだ騒音に胸を撫で下ろした。頭痛は相変わらずだが、先ほどより大分弱まっている。残りの授業を受けるのに支障はないだろう。
帝人は軽い足取りで机に戻る。何故か固まったままの教師に「すみません、授業を続けて下さい」と言って席に着いた。いやにゆったりとした空気が流れた後、油が切れかけたぜんまい人形のように教師は頷いた。再開された授業は、先ほどよりも明らかにぎこちないないものだった。
頭痛を抱えたまま授業を聞き漏らさないよう格闘していた帝人は、教室に広がった空気の変化についぞ気づくことはなかった。教室中の生徒が自分を凝視していたことにも、喧嘩していた金髪と黒髪の生徒が来良学園で一二を争うほど有名な人物だったということにも、ましてやその二人が呆けたように自分を見ていたなど、まったく気付かなかったのである。
(それがはじまり)
竜ヶ峰帝人は額を押さえた。押さえた皮膚の奥底から堪えきれない鈍痛が響いてくる。痛い。ほんとうに痛い。
眉間に皺を寄せつつ、首をひねる。
(何でだろう……新しい生活で疲れが溜まったのかな。寒かったり暑かったりした日が続いたからかな。あ、昨日暑かったから頭乾かしながらネットやってたから?ここ最近夜更かし続けてたし……)
第三者が客観的に判断したなら『全部だ』と切り捨てたことだろう。住み慣れた土地から独り上京してきたことによる気疲れとも言えるし、高校入学を終えたばかりの春先にもかかわらず冬物が手放せない陽気にやられたとも言える。そもそもの生活習慣が招いた結果ともとれるし、その件に関しては実家住まいのときから口を酸っぱくして言われていたから納得せざるをえない。うん、なるほど。
つらつら気休めに考えをひねり出してみたものの、やはり痛みはちっとも和らがないし、現状も大した変わりをみせない。
授業が終わるまで後三十分弱。頭痛を抱えたままやり過ごすには際どい時間だが、幸いにも授業は選択科目の社会。教師に指されることもなく、平坦な朗読は頭痛を刺激することのない声量だ。何事もなければ充分乗り切れる授業だと帝人は判断し、それは間違いなかったはずだった。
確信が崩れたのは終了二十分前。
にわかに教室の一角が騒がしくなった。鼓膜から突き刺さる大声に痛みが増してしまった帝人は、原因に目を向けることすらできなかった。
原因は――恐らく、二クラス合同授業だったことだろう。この十数日で、この学校の雰囲気があまりよろしくないことには気づいていた。性質の悪い連中に出くわそうものならば学校内でもカツアゲが起きるというガラの悪さ。当然そういった輩は新入生の中にも紛れているもので、早いのでは既に派閥を作り上げたりその名を校内に轟かせていたりしている。
この合同授業が本格的に始まったのは今日だ。仲良しとは言い難い連中がうっかり同じ授業を選択してしまい、本日めでたく鉢合わせ――といった件だろう、たぶん。
耳で拾った罵詈雑言と音を分析してみたものの、帝人にとっては最悪の一言に変わりなかった。痛い。頭が痛くてたまらない。じっと痛みに耐え健気に授業を受けていたというのにこの仕打ち。増すばかりの頭痛と収まる様子のない傍らの喧嘩。
教室は既に騒然としており、席に着いたままの生徒はもはや壁際の自分だけだということに帝人は気づかない。
(……………………)
痛みに狭まる思考の中ふつふつと湧き上がるものがあった。
その熱量は臓腑を焦がし頭の奥を冷まさせる。
(……………い……)
痛みに耐える自分が馬鹿だったのか? 否、自分ではない、非の在処は明らかだ。
手の中にある馴染んだ感触がカチリと音を立てる。
(…………さい……)
喧騒は破壊音を伴うようになっていた。鼓膜を殴るかのような大音量。
腹の底から頭まで突き抜けたそれに従い帝人は腕を振り上げた。
音という音が止まった。
「 うるさい 」
振り下ろしたボールペンは両者の中間にあった机に突き刺さっていた。
帝人はようやく止んだ騒音に胸を撫で下ろした。頭痛は相変わらずだが、先ほどより大分弱まっている。残りの授業を受けるのに支障はないだろう。
帝人は軽い足取りで机に戻る。何故か固まったままの教師に「すみません、授業を続けて下さい」と言って席に着いた。いやにゆったりとした空気が流れた後、油が切れかけたぜんまい人形のように教師は頷いた。再開された授業は、先ほどよりも明らかにぎこちないないものだった。
頭痛を抱えたまま授業を聞き漏らさないよう格闘していた帝人は、教室に広がった空気の変化についぞ気づくことはなかった。教室中の生徒が自分を凝視していたことにも、喧嘩していた金髪と黒髪の生徒が来良学園で一二を争うほど有名な人物だったということにも、ましてやその二人が呆けたように自分を見ていたなど、まったく気付かなかったのである。
(それがはじまり)
作品名:非日常よ、こんにちは 作家名:shin