非日常よ、こんにちは
はじめまして、と返した声は我ながら乾いたものだった、と帝人はその時のことを後になってそう考察した。
(数回目の邂逅)
04
「いやー話題の渦中にいる人とこうやって肩を並べて昼食をとることになろうとは、まさに合縁奇縁、僕は感動の念と愛しい人の手作り弁当とで胸が一杯だよ!」
「は、はぁ」
「………気にすんな、いつもあんなだ」
「はぁ、そうなんですか」
(っていうか何故こんなことに……)
屋上のベンチで三人並んで昼食を取っている今の光景は、帝人にとって信じがたいものだった。まさに非日常。しかしいくら非日常に心惹かれるとはいっても、こうも立て続けでは食傷気味になる。おとといを契機として、帝人の『日常』は大口開けた『非日常』に呑み込まれんとしているかのようだった。
(いや、正確には『おととい』からじゃないか)
「それにしても君も入学早々ついてないねーあの臨也に目をつけられるなんて」
不意打ちに思わず咽る。
「なっ、どっ、しっ」
「いやぁ~だって今学園はこの話でもちきりだよ? あの来良学園の二大悪魔――すみません言葉が過ぎました、二大巨頭を御せるつわもの現れるってね。またタイミング良く話題の人物が休んでたものだから、話題が噂と絡まり合って大火事寸前さ。生徒のみならず先生方も注目してるし、この分だと他校にまで飛び火してるかも」
「…………もういいです」
数日前の頭痛が再発しそうだ。これ以上聞くと本気で現実逃避したくなる。というか今の段階で登校拒否したくなった。しかし無理を言って上京してきた手前、そこは死守しなければならないラインだった。ため息が出てしまう。
「その様子だと、噂はただの噂なのかな?」
「どんな噂か詳しく聞きたくもありませんが、まったくもって事実無根です。冤罪です、濡れ衣なんですよホント」
「でもおととい喧嘩を止めたのは紛れもない事実なんだろう? 静雄」
「あー……」
「振らないで下さい! っていうか僕その日は体調悪くて、あんまり記憶に残ってないんです」
「え」
「へぇー?」
「同じことをもう一度やれと言われても無理です。何かの間違いじゃないかと思うんですけど……」
「へぇへぇへぇー。それはますます興味深いなぁ。竜ヶ峰君、一度僕に解剖されてみないかいだいいだいだだだだだだちょ、し、しずおぎぶぎぶぎぶ」
絞められた首から上が青く変色してゆくのに慌てたが、降参のポーズを見せればすぐに解放された。何でもないという顔をしている二人から察するに、これが彼らの日常なのだろう。
気安いやりとりに自分の幼馴染を思い起こされて、ひっそりと痛む胸を押さえた。
「でも、残念だけど間違いじゃあないと思うよ」
「え?」
顔を上げると、思いのほか真摯な眼差しに会って戸惑う。
「あの臨也が、あれだけ固執を見せてるんだ。そんなこと中々あるもんじゃない。だからおとといは確かに何かがあって、それが臨也の興味を引いてしまった、それが今の君の現状なのさ」
的を射ていた。それだけ目の前の彼は問題の人物を心得ているという証でもあった。
「……僕はどうすれば良いんでしょうか」
「成るようにしかならないんじゃない?」
「軽!」
気軽な返答に拍子抜けする。
「だってあの臨也だからねぇ、僕にはどうしようもない。唯一の例外があるといえばあるけど………」
言葉を止めた相手と二人、隣を窺う。帝人は息を呑んだ。
彼は食事の手を止めて呟いていた。物騒な言葉を延々と、壊れたデッキのように繰り返し続けていた。全身から隠しきれない程の殺気を放ち、遂には手にしていた缶を握りつぶして飲料をまき散らした。
「えーっと、静雄?」
「飯がマズくなっちまったじゃねぇかよぉ、新羅。せっかくの昼休みになんてことしてくれたんだ、あぁ?!」
「え、ちょ、僕のせい?」
「殺す殺す殺す殺すマジでぶっ殺すあの蚤虫野郎、散々人のことおちょくりやがってマジぶっ殺す!」
「……と、まぁ、何かあったら静雄に頼めばいいと思うよ。どうなるかは保証できないけど」
「は、はぁ……」
頷いてみたものの、件の彼はこちらに気づかないまま殺伐とした単語を繰り返している。その様子は呪詛という言葉が裸足で逃げ出すような迫力である。頼もしいと言えば頼もしいが、素直に喜べないほどの形相だ。
ぼんやり弁当を口に運びながら眺めていたものだから、次の事態に誰も気づかなかった。
瞬間、金色頭にボールが当たった。小気味いい音を響かせて地面でワンバウンド。転がる様子を呆けたまま目で追えば、黒いズボンと足に辿りついた。
「物騒な言葉を繰り返さないでくれる? シズちゃん。新手の呪いみたいだ」
「てめぇかいざやぁあ!」
(うっわぁ)
果たして、例の『彼』がそこにはいた。
「ていうか俺シズちゃんを構いに来たわけじゃないんだよね。何をしたわけでもないのに目の敵にするのやめてくれないかなー」
「どの面下げてんなこと言えるんだテメェ!」
「人の話はちゃんと聞きなさいってママに言われなかったのかなー? 俺が今日用あるのはシズちゃんなんかじゃなくてそっちの子」
「え」
いきなりの矢面に絶句するしかない。こちらを指差したまま彼は爽やかな、爽やかすぎる笑みを浮かべた。鳥肌が立つ。
「いやーさがしちゃったよ竜ヶ峰帝人クン、お昼一緒に取ろうと思ったのにつれないなぁー隣で一緒に授業を受けた仲じゃない」
(限りなく他のクラスメイトと同列の仲だと思いますが)
「それがようやく探し当てたと思ったらよりによってシズちゃんなんかとランチしちゃってさーこれって明らかに俺に対する当てつけだよね? 俺傷ついちゃうなぁ」
(明らかに言いがかりですよね、しかも1ミリも傷ついてなさそうですよね)
「謝罪の念を要求するのはどうみても正当だよねぇ。ということでこっちおいで」
(いやです!)
声に出さなかったのは理性の踏ん張りだ。言ったら絶対買う、反感を初めとして帝人にとってありがたくないものを大量に買ってしまう気がする。
しかし相手は表情をしっかり読んでくるときた。詰められる距離に冷や汗を流していると、すっと影が差した。
「人の話は無視すんなってママに言われなかったのかよぉ、いざやクン」
「人が話ししてる時に割り込むなってママに言われなかったのかい、シズちゃん」
片方がナイフと取り出せば、片方は無人のベンチに手をかける。その手に力が込められると、金具で四足固定してあったはずのベンチは、その用途からいって絶対取らないだろう姿勢を取らされた。高校生が数人優に腰掛けられる長さのベンチの直立不動、その光景の体現者はそのままベンチを大きく振りかぶる。
「いっぺん死んでこいやぁああああ!」
「冗談!」
――生で拝める『戦争』の出来上がりである。
「あーあ、また派手にやらかしちゃって。驚天動地、犬猿の仲とはよく言ったものだね」
「……………」
「実際に目にして実感できたかい? 臨也の性格破綻はともかく静雄の力もバケモノと呼称されるに相応しい様相だよねぇ。いやホント、一回でいいから解剖してみたいよ」
「………………い」
「まぁ、これに懲りたならあの二人を刺激しないよう気を付けて………ん?」
「…………………かっこ…、いい!」
「え」
作品名:非日常よ、こんにちは 作家名:shin