二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

非日常よ、こんにちは

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 


03

 当たり前だが、その後は散々なものだった。彼の執拗さといったら、水槽に吸盤で張り付く軟体動物もかくやといった程だ――まぁ、そう評しては軟体動物に失礼なのかもしれない。彼らに悪意などなく、張り付くその足は刺身にするととても美味しい。帝人は実家で味わったことのある刺身の盛り合わせを思いだした。想像するだけならタダだ。

 さて、午前中ですっかり生気を抜かれた帝人は、息の吐き場を求めて校舎を彷徨っていた。どこか、思い切り深呼吸ができる場所。閉塞感とは無縁の場所。
 浮かんだ心当たりに踵を返した。弁当箱と途中で購入した飲み物を抱えて階段を上る。
 辿りついた先は屋上だ。いつも賑わっているそこは昼休みが始まったばかりだからか人気は薄く、というか皆無だった。足を進めて確認した後、帝人はようやくつかえていた息を吐き出した。それは重い、重量が存在するならば確実に地面にめり込むだろう程のため息だった。
(………教室に戻りたくないなぁ………)
 あの席に着いて授業を受ける、それはすなわちあの人物の隣で数時間を過ごすということだ。正直言おう、最悪な気分だ。何が嬉しくて小言に等しい尋問をねちねちねちねち受け続けなければならないのか。個人情報を搾り取るだけ搾り取られる時間に、まだ半日だったがはっきりいって限界に達していた。
(癒されたい………)
 切実な願いだった。しかし帝人はひとりだった。ここにはギャグの寒い幼馴染も、見てるだけでときめきと和みをくれる同級生もいない。知っている顔馴染みが皆無のこの学園で、竜ヶ峰帝人は独りだった。
「あー…………」
 足元に転がっていたボールを拾って、掌で弄ぶ。
 そのまま振りかぶり、フェンスへと叩きつけた。
「――っ?!」
「え」
 だから第三者から反応があったことに一番驚いたのは投げた本人だった。
「ご、ごめん! 大丈夫ですか?!」
 幸いにも直撃してはいないようだったが慌てて相手に駆けよった。
 しかし途中で帝人は目を見開いて思わず足を止めた。相手はよほど驚いたのだろう振り向いた姿勢のまま固まっていた。日差しに煌めく頭の向こうに立つ紫煙だけが風に揺らめいていた。―――――ん?煙?
 今度はこちらが凝視する番だった。
「…………もしかしてタバコ、ですか、それ」
「あ」
 揃って手元を見る。彼は慌てて揉み消したが、そもそもベンチに座っていた彼の足元には物的証拠たる吸殻がいくつも落とされている。あの量では匂いが衣服にこびりついてしまっている筈で、生活指導の教師に会ってしまえば一発で落雷もののはずだ。
(……いや、そうでもない、のか?)
 そういえばこの学園の風紀はあまりよろしくなかったのだった。腕に覚えのある人ならばともかく、ごく一般の教師陣にクセのありすぎる生徒達を御すのは至難の技だろう。生活指導といった教育も満足に行えているのかどうか怪しい。
(うーん………でもなぁ)
「…………おい」
「ふへっ?!」
 凝視したまま没頭していたらしい、顔を上げると相手の眉間の皺がすごいことになっていた。先ほどは気付かなかったが、相手の醸し出す雰囲気はなかなかにクセのあるものだった。端的に言ってしまえば、わぁお不良だ睨まれてる超コ、ワ、イ。
「んだぁ、何か用か、あ?」
「あ、え、いや、その……」
 恐怖に縮こまる思考は碌な返答を思いついてくれなかった。それがまた相手の苛立ちを煽ること煽ること。明らかに深くなった眉間の谷間に、帝人は身の危険を感じて竦み上がった。
(ま、まずいまずいまずいってどうしてこうなった僕がボールを投げて避難したくて屋上に来てそれで身の危険ってどんだけ運が悪いんだ今日は厄日?人生の中で最大の厄日?って逃避してる場合じゃなくて何かうまい答えをでも『何か用』と聞かれても用はないしでもそれ言ったら確実にボコボコフラグだよえー何か用この状況から思いつくものえっと本日は快晴ですねダメだこれボコボコフラグ2えーっと青空に屋上にボールにタバコに)
「あ」
「あ?」
「タバコは体に良くない、ですよ?」
「――は?」
 しまった外したか、と思っても後の祭りだ。帝人は「こうなったら」と腹を括って続ける。
「えっとですね、タバコって灰に悪いじゃないですか。肺ガンの原因にもなるっていうし、こんな年から吸い過ぎちゃうと中毒性も半端なくなっちゃうんじゃないかなって。いざ禁煙しようにも難易度上がるだろうし、そもそもタバコには副流煙っていうのがありまして」
「…………」
「……副流煙っていうのは喫煙本人じゃなく周りの人が吸う煙のことで、そっちの方が有害成分を多く含んでるそうなんです。だから周りの人にも無関係じゃなくなるっていうか、そもそも今は喫煙者はただでさえ肩身が狭くなってるんですし、ええとそもそも貴方の体にとっても良くないだろうし止められるなら今のうちから止めた方がいいんじゃないかなって」
「……………もういい」
 そう言って彼は目を背けて手を振った。先ほどの荒々しい雰囲気は消えていた。
「え? あ、あの」
「いいっつってんだろ」
 返る言葉に先程までの迫力はない。何やら頭を押さえているので「頭痛ですか?大丈夫ですか?」と聞いたら今度は頭を抱えられた。はて。
「薬持ってますけど使います?」
「いい。寝れば治る。……お前もう行け。昼休み終わっちまうぞ」
 時計を確認してみれば、確かに大分時間が過ぎてしまっていた。抱えたままだった弁当箱が途端に存在を主張する。
「あ、じゃあ僕行きますね」
「おう。あーお前……」
「?」
「その、ありがとよ」
 何を言われているのか分からなかったが、どうやら先ほどのを彼は気遣いと取ってくれたらしい。うつむき加減に零された言葉に先ほどまでの疲れや恐怖が溶け、代わりに胸が温まったのを感じた。
(い、癒された………)
 災い転じて福となす。何が幸いに繋がるか分からないものだと、帝人は一人深く頷いた。ご飯を食べた後を考えると気は重くなるが、なんとか立ち向えそうな気さえしてきた。良かった良かったと胸を撫で下ろしてそのまま帝人は屋上を去ろうとした。

「いやいや探したよー静雄」

が、ふいに現れた第三者によって事態はいとも容易く方向を変えてしまう。

「今度フケる時は場所を前もって教えてくれないかな。君だってご飯を逃すのはやぶさかではないだろう? わざわざ購買に寄って来た僕の深い友情に感謝感激して落涙してしまってもいいと思うんだけど…――おや」
「おせぇよ、新羅」
「え、『新羅』?」
「あ?」
「あ、いえ」
「おやおやおやおや珍しいね、入学早々派手な立ち回りをやらかして喧嘩人形と恐れられてる君が、昼休みに仲良くお話ししてるとは」
「……あぁ?」
「すみませんすみません本気で首が折れるので手を離してください本当にすみませんでした。――で、こちらどちらさま?」
「あ、すみません、竜ヶ峰帝人と言います」
「『竜ヶ峰』……ああ! なるほど合点したよ! おととい静雄と臨也の喧嘩に割って入ってボールペン一本で収束させたという例の人物だったんだね!」
「…………………………」
「…………………………えっと、どうも」
作品名:非日常よ、こんにちは 作家名:shin