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恋がしたい

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最近、上司と性関係を持つようになった。俺の体は、幼少より威を振るわして来たデタラメな怪力によって人より頑丈な造りになっており、皮膚感覚が浅い。結果して、外的接触による性的興奮を得る事が何時からか出来なくなっていた。少し前までなら視覚的効果もある程度望めたが、近頃は目が慣れてめっきりである。有り体に言ってしまえば、ケツを掘られないとイケないのだった。と言って俺は元々さほど性行為に執着のある方では無いので、近頃は専ら、付き合いで行く風俗店で弄って貰って凌いでいた。それで特に問題は無かったのだが、ある時トムさんが「レミちゃんから聞いちゃった」らしく(レミ、とはトムさんの馴染みの風俗店のヘルス嬢の名だ。そう若くはないが首筋の綺麗な愛嬌のある女で、俺も何度か世話になった。しかし女とは、漏れ無く口が軽い)、そのまま何となくセックスをした。何となく、とは随分唐突だと自分でも思うが、他に言い様が無い。トムさんの手が当たり前の様に、いっそおそろしい程に器用な動きを見せるので、俺も当たり前に事務所の壁を汚したまでだ。中々に具合が良かったので、それ以来たまにセックスをする。
 俺達の仕事は、極めて良心的な取立屋である。客が規約を守ってくれさえすれば、業務は滞りなく進む。まあ、そんな客は俺達にはほぼ回って来ないのも事実ではあるのだが。幾分後ろ暗い仕事だが、それらを疑念無く円滑にこなしてしまえる程には、反世俗的な我々である。とは言うものの、トムさんは俺とは違う。頭が良く、優しい俺の上司。そんな彼は、好き好んで自分より上背のある俺を抱くのだと言う。
「趣味みてーなもんだよ」
 彼は笑う。
「俺ってば頭いーからよ。モノ詰め込み過ぎっと頭重くなんだよ。お前とやると、スカッとするよ」
 そう言って、頭をいつもより丁寧に撫でられたりすると、触れられた部分から俺の中を何かじわじわした物が広がりだして、何処からか溢れそうになったりする。俺は今、この人のオンナだ、と思う。分かち合っている訳では無い、とも。そこには、蓮っ葉な後悔だとか自分への叱責だとかに起因する安堵だけが付いてくる。安堵の根底(若しくは直ぐ裏側だろうか)にある「何か」に、本当は気付きつつあるものの、俺は目を反らし続けている。
 トムさんとセックスをする時は、必ず後ろから突いて貰う事にしている。奥まで届くように。女に出来ない事をする事によってただ男相手である意義が出来るように。他に意味を持たせないように。彼の顔を見てしまわないように。心の内を覗かせてしまわないように。
 この前新羅に、頼みもしない恋と愛の違いとやらを説かれた。恋とは愛を見出す糸口の一に過ぎないのさ通過儀礼と言えるかなともかく恋とは一方的なんだそこに相手を思いやる余裕は無いんだよつまり恋とはエゴに満ちた保守的なものだよねまあ僕とセルティはついにそんな打算的な恋のプロセスを突破して愛への昇華に先日至った訳なんだけどそうだちょっと聞いてよ静雄云々。
 言葉を一つずつ噛み砕いた心の内で、保守的で何が悪い、と吐き捨てる。自己を防ぐ事も出来ないで、「大人」を演じ世を渡るなど不可能であろう?暴力の塊の俺が、それ以外の何かで以て人に傷を付ける事などあってはならない。そう思うこれは紛れも無いエゴだ。そう思う事で制止出来る感情ならばそれで良い。それで、全く構わない。
 彼の肌に渇望を覚えるようになったら終わりだ。俺は、化け物である訳だから。あの人がいる限り、俺はそこに何の悲観も絶望もしはしない。ただ、巻き込んではならないのだ。賢く、優しい、優しい優しいあの人を。
 俺は今、あの人の側で生きている。それが確かである限り、俺はこの感情に絶望しない。何処にも行き着かない、何にも感化されない。健全過ぎる俺の肉体に、そんな矛盾に満ちた精神は、宿り得るだろうか。少なくとも、今はまだ大丈夫だ。このままであれ、と切望する。ふりでもし続れば、いづれ薄れ行く想いであれば良い。彼によって俺は生かされている。トムさんに触れられる距離に俺はいる。それで、充分。充分だ。

作品名:恋がしたい 作家名:空耳