恋がしたい
最近、部下と寝るようになった。経緯はこうだ。
「トムさあん、今日静雄ちゃん来てるのお」
「おう、ユリエちゃんとこ」
「あんま付き合わしちゃかわいそうよ」
「なんで」
「静雄ちゃん、ホモなんでしょお」
ここで煙草に火を付けそびれた。
「あぢっ、……はあ?」
「アナルしかしないのよう、いっつも。あんまり気持ち良さそうじゃないし。違うのお?」
「……」
で。
「レミちゃんから聞いちゃった」
「……」
「で、ホモなの」
「勘弁して下さい」
「だよなあ」
「……」
「男とやったことある?」
「ないすよ」
「ふうん」
「……」
以上だ。
何となく、で動いてしまう俺の体は、健全では無いにしろ善良であると思う。精神に対して実に従順だ。まあ、精神の方が善良に成れなかったせいで、取立て屋なんてキナ臭い仕事をやっている。特に過不足は無い日々だ。近頃は池袋も騒がしく、さほど退屈しない、さりとて傍観の域を逸する事の無い、身の丈に合った生活を送っている。俺は、モラトリアムの頃に思い描いていたような、怠惰で狡い大人になった。
静雄は昔から、可愛い後輩だった。例えば、存外にしなる肩口だとか、たおやかに疲弊した顔だとか、そういった彼を構成する要素に欲情をするようになったのは最近の事だ。しかし、行為の最中に俺を取り巻く思考の根源にあるのは、昔から変わらない、「こいつは俺のもの」という意識だ。セックスをするようになっても、俺達の関係性が目立って変容しないのはそういう訳なのだろう。根本が揺るぎない。この所有欲が何処から来るものなのか、俺はある程度見当を付けている。些か破綻した少年期に、彼に出会った。その頃から俺以上に破綻し欠落していた彼を、俺は可愛いと認識したのだ。それは侮蔑から来る卑屈な修辞的なものでは決してなく、多分、弱者に対する労りに似たものだった。若しくは、同族意識からの。その頃から、静雄からは、明るみが似合わない匂いがしていた。そして今、俺達は共にいる。所有欲と言うより、確信に近いものであるかも知れない。静雄は、俺のものだ。
運命、などと言うと馬鹿げているようだが、割かし本気でその言葉を当て嵌める自分がいる。ずっとこのままであるような気がしている。俺と、可愛い後輩と、二本線が、何となく、交わる事無く寄り添って、距離感に甘んじつつ漂っているかのような。幸福と、幾ばくかの絶望を含んだ、願望のような事実のような、そんな現状。今日も問題は無い。
静雄と、セックスがしたい、そう思った。