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習作

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なんで、今日に限って。
ふと自室の中を見回して覚えた疑問は今更のもので、考えるだけ無駄かと独りごちて七代千馗はダンボール箱のガムテープを引き剥がした。
べりり、と耳障りな音が響き、綺麗に梱包された箱の表面が大きく毟れる。ガムテープの粘着力に耐えかねて引き剥がされたダンボールの表面は薄皮のように捲れ上がり、くるくると千馗の手元で螺旋を描いた。
宅急便で送られてきた箱は然して大きいものではなく、持ち上げてみた感覚は随分と軽い。しかし軽く振ってみても音が全くしないと言うことは、箱状のものが詰まっているのか、それとも緩衝材が詰まっているのか。宅配伝票をちらと眺めては見たものの、品名の欄は『雑貨』となっていて何が入っているのかは判然としない。中身が何であるのかを伝えるつもりが毛頭ないのだろう、読みやすいがぶっきらぼうに書かれた字は、既に見慣れたものだった。
封札師として仕事をするようになってからこちら、時折、千馗の元には宅配便で様々なものが届く。差出人は決まって『喫茶店 ドッグタグ』。初めて受け取った時は何が何やらわからず、千馗は送られてきた箱を抱えてドッグタグまで走ったものだ。そして澁川に確認したところ、配送されてくる品物は、千馗が仕事を請け負った依頼人からの返礼であると知らされた。どうやら澁川の元へと(頓狂な)依頼を持ち込んでくる人々が、千馗の働きに応じて特別報酬を用意してくれているらしい。それを澁川が窓口となって千馗へ発送していると言う。
言ってなかったか、と渋い声で問われた千馗は、聞いていませんとも言えずに頷くしかなかったのだが(そもそも千馗は、澁川に住所を教えた記憶は無いので伊佐地から聞いたのだろうが、個人情報もへったくれもないとその時思った)。
何はともあれ、貰えるものは貰うに越した事はない。最初の頃は、それでも遠慮していたのだ。既に報酬は貰っているのだから、と。しかし千馗が幾ら遠慮の言葉を吐いたとしても澁川はお構い為しに荷物を送ってくる。依頼人と直接接触する術のない千馗は他に断る方法を考えることも出来ず、最近は諦めを以って荷物を受け取ることにしていた。
――ちなみに、返送しないのは時にナマモノが送られてくるからである。
役立つものが入っている事もあるが、全く役に立たないものが入っている事もある箱を膝の上に抱え、千馗の動きはどうしても鈍くなる。箱の天辺を塞いでいたガムテープを剥がしはしたものの、それ以上手が動かないのも致し方あるまい。
――中身を見るのが憂鬱、だなんて。
箱を開けてみるまで差出人(依頼人)がわからないのは、不親切を通り越して最早悪意だろうと思うのだが、澁川にとってはほんのちょっとしたお茶目のつもりなのだろうか。せめて本来の送り主が誰なのかは明記してくれ、と口を酸っぱくして澁川には再三申し入れているものの、千馗の願いが叶えられたことはない。
少なくとも、今回の箱の中身はナマモノではないだろう。何故ならクール便ではなく、普通の宅配便で届けられているのだから。
だがしかし、と声には出さずに呟いて、千馗は膝の上に抱えた箱をじっと見やる。十字に貼られたガムテープ、縦に貼られたものは剥がしたものの、横一直線に伸びているそれは未だ健在である。それを引き剥がすのも、真ん中から破ってしまうのも簡単なのだが――どうにも手が動かないのは何故なのか。
嫌な予感がする、と言う訳ではない。意味不明なものが送られてくることはあっても危険物が送られてきたことはないし、そもそも澁川が自分に危険物を送りつける理由もなく、千馗もその点に関しては澁川のことを信用しているのだが、。
――箱を開けたくない。
気が重くなるとでも言えば良いのだろうか、或いはこれが虫の知らせというものか。
何故か千馗は、箱の中身を見たくないと思ってしまったのだ。それも、かなり強烈に。
出来ればこのまま放置しておきたいところだが、――中を見たいままに放置、と言うのもそれはそれで恐ろしい気がする。箱を開けて中身を確認すればそれで良いのに、何故それだけのことが出来ないのか、千馗にもわからない。
ただ、何となく触れたくない、その一言に尽きる。
「・・・・・・・・しょうがないなぁ」
箱の中身を見るのが恐い、けれど中身を確認せず放置するのも恐い。さりとて中身を知らぬまま、箱と同居するのも嫌だ。
頭の中で堂々巡りを繰り返す己の言葉に、千馗は軽く頭を振る。考えていてもしょうがない事だけは確かなのだから、と独りごち、眉間に僅か皺を寄せた。
軽く意識を集中すると、左右の目頭の辺りがきゅうと熱くなる。一瞬、視界がピントずれを起こしたカメラレンズのように僅かに濁り、ものの輪郭がぶれて見えたが、それはあくまで刹那のこと。間もなく視界は濁りとぶれを無くして再び焦点を結び直したが、――千馗の視界には先刻までは見えなかったものが見えていた。
室内の様子に大きな変化はないものの、膝の上に置いたダンボール箱からは湯気とも陽炎ともつかぬものが立ち昇り、ゆらりゆらりと揺れている。『秘法眼』と呼ばれる特殊な眼を持った者にだけ見ることが出来るそれは、情報の断片。もし仮に箱の中にあるものが膨大な情報を持ち、或いは其処に強烈な思念が込められているのであれば、本能的に千馗の眼はそれを読み取ってしまう。だが、こうして軽く意識を集中しなければ、箱の中に存在する『情報』の断片は千馗の目には映らない。即ち箱の中身は膨大な情報を抱えるモノでもなければ、誰かの思念(言い方を変えれば怨念や執着とも言える)が込められた代物ではないらしい。仮に危険を孕む情報であるならば、千馗の目にはそれと知れるパターンで情報が『見える』が、今回に限っては危険性は感じられない。それを確認し、千馗はゆっくりと集中を解いて溜息をついた。
――少なくとも、物騒なものは入っていないらしい。
先刻と同じく、視界が小さくブレるような感覚があった後、千馗の視界から陽炎は消える。幼い頃は見境なく総ての情報を見ていた『目』も、コントロールを覚えた今は無闇に情報を拾うことはない。少なくとも、常人に見えるものと自分にしか見えないものの区別はついている、――そして通常の視界に戻した時、陽炎が消えていると言うことは、イコール其処に存在する情報が少ない事を示していた。
幾らコントロールを覚えたとは言え、千馗の目は膨大な情報を無意識に感知してしまう。それを鬱陶しいと、思ったこともあるが――こんな時は便利だな、と思えるのだから現金なものだ。
取り敢えず箱の中身が危険ではないとわかり、千馗は安堵の溜息をついた。実は先日、箱の中から使い古された包丁が飛び出してきて悲鳴を上げたばかりなのだ。あの時も何やら嫌な予感がしていたのだが、――まさか包丁をプレゼントされるとは思わず、その突拍子のなさに度肝を抜かれたことは未だ記憶に新しい(その後、大切に使われてきた包丁をあなたに受け継いで欲しい、と言う手紙を発見して脱力したのは言うまでもない)。
あとは、箱を開けて中身を出すか否か、なのだが――。
「なぁーにやってんだ、千馗ィ」
「うおっ!?」
作品名:習作 作家名:柘榴