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習作

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はあ、と溜息をついたタイミングで、背中にどさりと重いものが降ってくる。完全に油断していたところで背中を押され、千馗の身体はぐうっと前にのめった。ダンボールを抱えた腹が圧迫され、肺から息が押し出される。ぐへ、と奇妙な悲鳴が喉の奥から零れたが、耳元で喚き立てる声はそれに気付いた様子もなく。
「この俺様を放っといて、ンな箱抱えて何してんだよ」
「重い・・・・」
「俺様を無視した罰だ」
そう言いながら、千馗の背中に覆い被さっているのだろう鬼丸義王は容赦なく体重をかけてくる。不機嫌を隠そうともしない声音には苛立ちとも怒りともつかぬ色が含まれていて、その口調は拗ねた子供を思わせた。
無視した、と言うよりはむしろ存在を忘れていたのだが、それを口に出せば義王が癇癪を起こすのは目に見えている。千馗はうっかり口に出しかけた本音を寸でのところで飲み込みながら、抱えていたダンボールを床に降ろした。箱の存在に気を取られていて義王のことを忘れていたのは事実だが、それは言わぬが花と言うものである。
そもそも、千馗が彼を部屋に招いた訳ではない。洞の探索に付き合う、と言って(呼んでもいないのに)現れた義王は、探索が終わった後も千馗の後を追いかけてきた。一体何の用だと問うても答えず、義王は唯、お前の部屋に連れて行け、とだけ言った。其処に千馗の生活を思いやる様子は全くなく――そもそも義王に心遣いなど求めるだけ無駄か、と千馗は早々に諦めた――騒がないなら、と言う約束だけは交わした上で、義王を部屋に上げたのがつい数分前の事。
千馗が居候をしている部屋には縁側がある。清司郎が気遣ってくれたのか単なる偶然であったのかは定かではないが、その縁側のお陰で千馗は玄関を通らずとも自室に入ることが出来た。その為、誰に見咎められることも無く――否、境内を通る折、鍵と鈴にはばっちり見られているのだが――千馗は義王と共に自室に戻ることに成功したのだった。
幸いにして朝子は未だ帰宅していないようであったし、恐らくは清司郎も義王の存在には気付いていないだろう。当の義王については、既に千馗が朝子と同居状態であることを知っているが故に口止めは簡単だった。義王とて以前とは違い、千馗の立場を少なからず理解している筈であったし、何より今の義王は千馗を脅迫する理由が無い。既に二人の決着はついている。故に義王も千馗の花札探しに付き合っているのが現状だ。
――今ひとつ、義王の行動原理はわからない、と言うのが千馗の正直な感想ではあったけれど。
「重いって・・・・」
ぐいと体重を押し付けて圧し掛かる義王に、千馗は抗議の声を上げる。小柄で細身(の割にはそこそこ筋肉は付いている)千馗とは違い、義王は身長は兎に角として体格では大分逞しい部類に入るだろう。少なくとも、己より一回りは大きい男の身体が背中に圧し掛かり、容赦なく体重をかけてくるのだから重く無い筈はない。ついでに言えば、何故義王の両腕が自分の身体を抱きしめているのかが、千馗には理解出来ない。
――なんだ、これ。
要するに、背後から体重をかけて圧し掛かられている上にぎゅうぎゅうと抱きしめられている、と言うことはわかる。わかるのだが、。
「義王・・・・ちょっと退け。重い。苦しい。暑苦しい。ウザい」
「嫌だ」
うんざりした口調で苦情を申し立てると、意外な言葉が返される。義王のことだ、最後の一言で怒り出すか、或いは不遜に笑いながら、嫌がらせだとでも言うかと思っていたのだが――千馗の耳元で囁かれた声は、いつになく落ち着いている上に、笑いの色をも含まない。いつもの威勢の良さは何処へ行った、と驚愕の悲鳴を上げかけた千馗は、ごつんと後頭部に走った衝撃に口を噤んだ。
痛みはない。それ程強い衝撃ではない。恐らくは千馗の後頭部に義王が額を押し付けたのだろう、髪とは異なる柔らかさが頭蓋に響く衝撃を和らげた感触があった。
「義王?」
「さっき、『目』ぇ使っただろ」
「・・・・・・・・・・・・」
首筋の辺りで聞こえる声に、ざわりと千馗の背筋が粟立つ。ぬるい吐息が襟足とうなじを掠める感覚に思わず首を竦めたが、それ以上に千馗を驚かせたのは義王の言葉そのものだった。
――何故、気付いた。
確かに先刻、千馗は秘法眼を使ったが、何故それを義王が知っているのか。箱の中身を探る為にと意識を集中したのは一瞬であったし、そもそも背後にいた義王には千馗の顔など見えてはいない筈なのに、。
「・・・・何となく、わかるんだよ。気配でよォ」
千馗の内心を汲んだかのように囁かれる声は、独白に似ている。責めるでもなく、詰るでもなく、感情の篭らぬ義王の呟きは酷く頼りないもののように思えた。
べたりと密着した背中が熱いのは、基より千馗の体温が高いが故か、義王の温もりの故か。甘えるような、縋るような義王の仕草に千馗はひとつ溜息をつき、ふと身体から力を抜いた。
何故、秘法眼を使うことに気付けるのかは、この際どうでも良い。義王とて隠人と化す寸前まで花札と共に在ったのだ、常人ならざる感覚が備わっていても不思議はないと漠然と思う。
けれど、。
彼らしからぬ静かな声と言葉には多少の戸惑いを禁じ得ず、それ故に突き放す気にもなれないのは何故なのか。男に抱き締められて喜ぶ趣味はないのだが、と腹の底で溜息をつき、千馗は軽く首を仰け反らせて義王の頭に自分の頭を押し付けた。
「何か、あったのか?」
「何でもねぇ」
「じゃあ離せ」
「嫌だ」
――何だろう、この押し問答。
義王の傍若無人ぶりには散々振り回されてきたが、こうして二人きりの状態で過ごすことも初めてなら、甘えられている――のだろう、多分これは――も初めてのことで、どうすれば良いのかわからない。こんな事なら探索に同行してくれた燈治も一緒に来てもらえばよかった、と漠然と思う。仮にこの場に燈治がいたら、問答無用で義王を引き剥がしてくれていただろう。
尤も、頭の中で助けを求めたとて燈治が此処に来てくれる筈もない。そもそも、燈治は千馗が此処に――羽鳥家に居候していることをまだ知らない。故に期待するだけ無駄なのだが、思わず頭の何処かで助けを求めてしまったのもまた事実。何故、と言う部分に関しては敢えて考えないことにする。
さてどうしたものか、と独りごち、千馗は天井を見上げて思案する。先刻に比べて義王の腕に込められた力は弱まってはいるものの、がっちりと千馗の身体をホールドした腕は緩む気配がない。振り解こうと思えば出来ない事もないのだろうが、・・・・そのまま乱闘になったらどうしよう、とふと思う。朝子が帰っていない今ならば、清司郎に言い訳をするだけで済むかも知れないが、。
「・・・・千馗」
「うん?」
「目ェ、見せろ」
「・・・・・・・・・・・・」
それは、どういう意味だろう。
単に千馗の両目を見せろと言っているのか、――それとも、。
「秘法眼。見せてくれ」
「何で」
「見たい。て言うか見せろ」
「――――」
「見せるまで離れねぇからな」
「あのなぁ・・・・」
果たして義王の言葉は好奇心のみによるものか、否か。
作品名:習作 作家名:柘榴