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意味のない話

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日誌出してくるから、待ってて。一緒に帰ろう。
尋ねるように小首を傾げた帝人に杏里は一も二もなく頷いた。

たとえば、彼が私たちの前から姿を消さなければ。
私が彼と彼女を同じだけ大切にしていたそのバランスを崩すこともなかったかもしれない。
たとえば、彼女がふとしたときの寂しい微笑を見せるほど私に心を許していなければ。
私が彼女に関してこんなに思い悩むこともなかったかもしれない。

そこまで考えたところで責任転嫁は良くない、と杏里は首を軽く振ってそれまでの思考を手放した。
真っ赤な夕日に満たされた教室にはもう、杏里しか残っていない。そもそも帝人が日誌の所感欄にうんうん悩んでいる時点で教室には二人しか残っていなかった。
ぼんやりと帝人が机の上に置き去りにしていったシャープペンを見つめていた杏里のまっさらな思考に、唐突に。
それはポツリと落ちてきた。
(ああ、)

「すき、だなぁ・・・っ!?」

思考を介さず零れ落ちたそれに驚き、杏里は咄嗟に自らの口を押さえたが手遅れだった。先ほどまでいつものようにきゃいきゃいと愉快そうに愛の言葉を紡いでいた罪歌が、こちらへ意識を向けてきたのだ。
(愛したい愛したい愛してる愛したい愛してる愛したい愛したい愛したい愛してるあら愛したいの杏里あなたもやっと人を愛したいと思えるようになったの愛そうと思えるようになったのああそれはとても素敵なことだと思うわそうだわ私良いことを考えたわとっても良いことよねぇ杏里、杏里杏里、手伝ってあげるわ杏里あなたの好きな彼女を私も愛してあげるの一緒によ一緒にねぇ杏里一緒に愛しましょうよ杏里私も彼女のことは好きよだって人間だものねぇ杏里そうしましょう二人で一緒に彼女を)
「ぃや・・・」
(愛してあげましょう)
「だめ・・・!」
自らの意思に反して、刀が具現化されるのと罪歌の言葉に溺れるのを抑えるために杏里は両腕で自分の身体を抱きしめた。罪歌を額縁の中に押し込めてしまえば済むというのはわかっているのにそれが今この瞬間なぜか杏里にはできなかった。杏里は眉を苦々しげに顰めた。身体中に力を入れていないと、なにをしてしまうかわからなかった。
そう、とにかく早くどうにかして罪歌を抑えなければと焦る杏里を裏切るように。


「おまたせ・・・園原さん?どうしたの?」
帝人が教室へ戻ってきたのは、そのときだった。


たまにごく自然に繋いでくれる彼女の手が私は大好きだった。私の右手をそっとさらうくせに、いつでも離してくれて構わないというようにやんわりとした甘い手つき。握るというより包む程度の優しいそれを、自分からぎゅっと握り締めるのが私は大好きだった。
(でも今は、今は・・・!)
「大丈夫?どこか苦しいとか?ぁ、病院とか」
励ますように強く握ってくれる帝人の右手が、うらめしい。お門違いとわかっていても杏里はそう思わずにはいられなかった。
相変わらず罪歌の声が止むことはない。
(ああ、ああ嗚呼!なんて優しいのかしらなんて愛しいのかしらああ愛したいああ愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したいわ愛したいのこの子をねぇいいでしょう杏里杏里に愛することを取り戻してくれた子だもの私もお礼がしたいわ愛して愛して愛して愛して愛してあげたいわ)
(だめ、やめてやめてやめて)
(あら何を?)
(出てきちゃ駄目)
(杏里、)
(刺しちゃ駄目)
(ねぇ杏里、)
(傷つけちゃ駄目)
(もう、)
(愛しちゃ、だめ)
(遅いわ、杏里)
(やめて・・・っ!!)
ひときわ強く願った瞬間、ぴたりと罪歌の声が止んだ。そんなこと滅多にないものだから、ないものだから。
久しく訪れることのなかった静寂に、ぽとりと落とされた一言に杏里は心を揺らしてしまった。
隙を、作ってしまった。

(嘘は駄目よ、杏里)

「・・・えっ」
「っ!」
気がつくと、帝人と杏里が指を絡ませくっつけ合っていた手のひらから手首にかけて、赤いそれが一筋流れていた。
杏里はどこも痛くはない。
つまりこれは帝人の血だということ。
勢いと量がさほどないことに安心しながらも確かに伝うそれは目の前の彼女が傷つけられたという証で、杏里を激しく動揺させた。
声がいつにも増してうまく出ない。
「っぁ・・・あぁ・・・竜ヶ峰さっ・・・離して、はなして・・・血が」
咄嗟に杏里は自分から離そうとしたのだが、緊張からかがっちりと固まった手はそれを拒んだ。
だから帝人の方から離れて欲しくてそう言ったのに、帝人は杏里の願いを聞いてはくれなかった。
「園原さん」
それどころか一層強く握ってくる帝人の真意が杏里には理解できなかった。
血に濡れた感触が力を入れられたことで一層増したが、不思議なことに怖くも気持ち悪くもなかった。
ただ、どうして、と。
「ぁ、」
「僕は大丈夫だから。園原さんは?」
大丈夫?
何が起こっているのか理解してすらいないだろう帝人はそれでも杏里の心配をしていた。
思わず目を見開いた杏里の視界が眼鏡のせいだけでなく、ぼやけ歪んだ。
(変な子ね)
(ああ、アア、あ、ア、)
愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい・・・愛してる。
ああそうか。もう、すでに、




(手遅れ、)




そう思った途端、杏里はこわばっていた自分の身体から力が抜けて、その内で暴れていた衝動も潮がひくように消えていくのを感じた。
「ごめんなさい・・・」
杏里が万感を込めて呟いた消え入りそうな謝罪は空気に溶ける前に帝人に届いただろうか。
帝人は相変わらず微笑むだけでそれに対する明確な返事をくれはしなかったから杏里にそれを知る術はない。


教室を満たす夕日よりも涙に溺れかけた杏里の瞳よりも、二人の白い手を汚した血は赤く、そして鮮やかだった。


作品名:意味のない話 作家名:りんこ