FF7ヴィンセントのお話
【1.ニブルヘイムのある朝】
ニブルへイムという山々に囲まれた閑村があった。
山々はもう色づき始めていた。
その日の朝は冷たく霧が立ちこめ、いつもの静寂な朝にさらに磨きがかかっていた。
じりじり・・・
「ん・・・」
男はけだるそうに目覚まし時計を止めた。そして、白い窓辺にたたずむ女の姿に気づいた。
「もう、起きていたのか・・・ルクレッツィア・・・」
窓際の女は振り返り、答えた。
「おはよう、ヴィンセント」
男はシャツを羽織りながら続けた。
「どういう風の吹き回しだ?私よりも寝覚めが悪いおまえが早起きとはな」
彼女が微笑んだ。しかし、その笑みには力がなかった。
「ヴィンセント・・・これで終わりにしいたいの」
彼の褐色の瞳は一瞬だけ凍り付いた。しかし、表情は変わらなかった。煙草を1本口にくわえ、火をつける。
「一応理由を聞いておこうか」
「私・・・結婚するの・・・」
女の頭の中に甦る光景
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「ルクレッツィア、話がある。ちょっとこちらへ来てもらえないか」
「何でしょうか?ファレミス博士」
彼女が赴いた部屋には彼女を呼んだガスト・ファレミス博士以外に、一人の若い科学者も来ていた。
「実は君たちを呼んだのは他でもないジェノバプロジェクトの人体実験のことについてだ」
彼女の目が輝く。
「博士、いよいよなのですね。本社の許可が下りたのですね」
「いや、実はまだなのだが・・・しかし、GOサインがでるのも時間の問題だと思うし、ここは1つ一足先に我々で始めてみてはどうかと思ってな・・・どう思う?宝条くん」
話を振られると、若い科学者は答えた。
「よろしいのではないかと思います。古代種ジェノバが発見されてから2年、ジェノバ本体のデータ収集はほぼ完了したし、動物実験もやりつくしたことですしね。そそろそろ人体実験を始める時期だろうと私も考えていました。人体との複合化も十分可能であることはこれまでのデータが証明してくれています」
「そこでだ、人体にジェノバを移植するのも理論上可能なのだが、拒絶反応などの危険性があり、実行するのは難しいと思う。これは私の案なのだが妊娠している女性にジェノバを埋め込むのはどうかと思ってな」
女の目がまた輝く。
「おもしろいわ、ファレミス博士。そうすれば、通常の人体に埋め込む場合の数十分の一程度の細胞ですみますわね。拒絶反応の危険性は格段に減り、生まれてくる赤ん坊は完全なジェノバとの複合体になる・・・未来のスーパーヒーローが生まれるんだわ」
「賛同してくれてうれしいよ。ルクレッツィア。ただ、問題は誰が実験体になるかということなんだが・・その・・・ルクレッツィア、君に頼めないものだろうか・・」
「私?ですか・・・ええ、喜んでさせていただきますわ」
うれしくて仕方がないというような屈託のない笑顔が彼女に広がる。若い科学者が困ったような表情で口をはさむ。
「あの・・・お嬢さん、この実験には父親となる人も必要なのですがその辺のところわかってますか?」
「え?ええ、もちろんわかってるわよ」
「まさか、あのタークスの男とでも結婚するつもりではないでしょうね」
女の顔が真っ赤になる。
「え・・・な、何のことかしら・・・」
「ばればれですよ」
若い科学者はにやりと笑った。
博士がため息をついてもらす。
「ルクレッツィア・・・あまり、さしでがましいことは言いたくないのだが、タークスだけはやめておいた方がいい。彼らの仕事がどういうものかおまえもわかっているだろう。あまりにも危険すぎる男たちだ。いい加減に火遊びもやめなさい。私としては今回の実験を宝条君と組んでやってもらいたいと思っている。彼は優秀で誠実だ。きっとうまくいく」
若い科学者がちょっと顔を赤らめる。
「博士、そのようにおっしゃると照れるじゃないですか。でも言ってしまったことは仕方ありませんね。それじゃ、こほん・・改めてプロポーズさせていただきましょう。私はあなたを仕事上尊敬しています。でもそれ以上に女性としての魅力を感じていることも事実です。ぜひ、今度のプロジェクトに協力していただけないでしょうか。あなたの心があのタークスの男にとらわれていてもかまいません。僕は僕なりにあなたのことを想っていますから・・・」
突然の提言に呆然自失状態の彼女を後目に博士が言う。
「そういうことだ。今すぐ返事をくれとは言わないが、少し考えておいてほしい」
そう言うと、博士は部屋を後にした。続いて、
「よい返事をお待ちしています」と言い残して若い科学者も立ち去った。
「宝条さん、この前のお話の件、お受けします」と彼女が言ったのはその2日後のことだった。
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「そうか、それはおめでとう」
そういって男は立ち上がると手を差し出した。
(え?それだけなの)
女は反射的に差し出された手を握る。力強い手が彼女の細い手を握り返す。
「で、挙式はいつなのだ」
「え・・、ああ、今週末・・形だけでもと思ってね」
「研究員らはほとんど参列するのだろう?私の今の任務は研究員たちの護衛だ。よければ、まとめて護衛してやろう」
「え、ええ、お願いするわ」
「そろそろ行った方がいいのではないか?」
「え、あ、そうね。じゃ、じゃあ私行くわね」
そう言うと女は足早に男の部屋を出ていった。
あまりにもあっけない幕切れ。
(そ、そうよね、ファレミス博士の言うとおり、タークスなんてただの火遊びだわ。私を必死でモンスターから守ってくるから、ちょっと私に気があるのかなって思ってたけど、あれもみんなただのお仕事ね。少しでも愛してくれてると思ってた私が馬鹿だったわ。今回の私の選択は大正解よね)
悲しさというよりは悔しさのために泣きだしそうな顔で自分に言い聞かせる女の足は次第に速くなり、神羅屋敷へと向かって行った。
部屋に残された男は村の奥へと消えていく女の姿を窓越しに眺めていた。
(なぜ、引き留めない?)
(引き留める必要はない)
(おまえは血塗られたタークスだからか?)
(関係ない)
いずれ来ることは、彼にもわかっていた。しかし、来るべき時が来た今、予想外の思いが交錯する自分に男は驚いていた。
(まさか、本当に惚れてしまったのではあるまいな・・・)
(ばかな・・)
複雑な思いが飛び交う。
作品名:FF7ヴィンセントのお話 作家名:絢翔