りりなの midnight Circus
第一話 深緑の猛り
静寂の森を支配する木々が四方八方に枝を伸ばす様は、まるで誰よりも多くの陽光を集めようと必死の競争をしているようだ。
エルンスト・カーネルは、その周囲の環境と同色の衣服に身を包みつつ、結局の所、植物も人間もそれほどの違いはないなと薄く笑みを浮かべた。
まったく整備されていない草木の生い茂る深緑の絨毯(じゅうたん)に身を横たえる彼は微動だにせず、その鋭い眼光でただ一点をにらみつけていた。
彼のかぶる鉄兜からは周囲に自生する植物や木の枝などがくくりつけられており、その顔面にも緑のペイントが施されている。
また、その衣服はまるで生い茂る草の茂みのようなネットに包まれているのだ。
そのため、近くで見ても彼の容貌が如何なるものかを推測することは難しいが、唯一むき出しにされた双眸からはまだ成熟しきれない少年のような雰囲気を伺うことができる。
自然の植物が支配するこの環境では、身体を動かすことがなければ例え数メートル先にいる人間であっても彼を見つけることは不可能だろう。
見つからないこと。それが彼が最も重要視する事だった。
「今日で何日だ?」
携帯食のサプリメントをかじりながら、その側でうつぶせになるエルンストのパートナー、ニコル・エルトニルは時折首をかしげながら双眼鏡を覗き込んでいた。
肩や首が凝りやすいという彼は頻繁に身体を動かす癖があるが、エルンストはそれを悪癖だと捉えていた。
エルンストと同じ格好でうつぶせになる彼も、その格好を苦にしていない様子だったが、無理のある体勢から来るストレスに気分が滅入っている様子だった。
「5日目だ」
エルンストは短くそう答えると、顎の部分につけられた管をストローにして水筒から水を吸い上げた。水といってもそれは人体に必要な栄養素の殆どが配合された栄養剤のような物だ。
一日あたり500ml程摂取するだけで、必要最低限の栄養とカロリーを補給することが出来る。
エルンストは、この数日間、正確にはこの森に入って5日の間この栄養剤しか口にしていなかった。
ニコルからしてみればそれはどんな苦行だと思うほどだ。しかし、食べることにそれほど魅力を感じていないエルンストにとってはこれはむしろこれはありがたいと思えるものだった。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪