りりなの midnight Circus
彼自身、どうしても避けることの出来ない空腹感さえ無視できれば一生これで生きていっても良いと考える自分を異常だと捉える程度の常識は持ち合わせていた。
(いや、空腹は糖類を口にすれば何とかなるか)
エルンストは、一応持ってきていたショ糖の存在を思い出したが、それは今荷物の奥に入り込んでいて発見するのは少し時間が要すると考え今は諦めた。
「なあ、この任務が終わったらどうする?」
突然何を考えたのかニコルが双眼鏡から目を離しエルンストに顔を向けた。
二人はこの奥深い森の一角に潜み、もう3日間も同じ場所で一つのものを監視していた。それは非常に根気の要る作業であり、休憩を許されないものだ。彼らの目標は一瞬で訪れ、おそらくその一瞬を取り落とせば永遠にチャンスは巡ってこないだろう。
だから、監視を担当するニコルが双眼鏡から目を離すことは任務の放棄と考えても支障はないことだった。
「次の任務だ。まだ決まっていないだろうが、すぐだろう」
しかし、エルンストも同時に監視をしている事から、緊張をほぐすための一時的な事と考えれば大して目くじらを立てることもないとエルンストは思い、それを咎めることはなかった。
「この二年間ぐらいそればっかだろう。そろそろ有休を使いたいね」
ニヤッと笑うニコルにエルンストは軽く溜息をついた。
エルンストは休暇のことなど考えたことはなかった。任務が終われば次の任務。それが用意されていなければ訓練所の予約を取るか、どこかに任務が転がっていないか探す毎日をこの4年間例外なく続けている。
ニコルと二年ほど任務を共にしているエルンストの見立てでは、彼は休暇がなければ生きていけない人物らしい。
休暇など、ただ退屈な日を無駄に過ごすだけで意味はない。そう考えるエルンストには彼のその習性を今に至るまで理解できなかった。
「上からもそろそろ有給消化率でうるさく行ってくる頃だろうぜ。これが終わったら2週間ほど休暇を取って旅行に行くつもりだ」
「そうか。それは何よりだ」
ならば次の任務は別の人間と組むことになるな。とエルンストは考えた。
ニコルは、理解のし難い生物だったが、その能力は一流に違いなかった。口にしたことはないが、エルンストは彼の存在をあくまで任務の上でありがたく思っている。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪