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picaresque pirstes

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第3章 出会いと対立


「…拍子抜け、だな」
 長い旅路の果てにたどり着いた黄金の国は、黄金どころか石造りの建物もない。ただ、紙と木と土と草で出来た低い建物が軒を連ねているだけだ。幾分がっかりとして、船をつけると、やがて人が集まってきた。
「……どのような御用でしょうか」
 困惑した表情の人垣の後ろから押し出された、黒い瞳と黒い髪の小柄な青年は自分と同じ匂いがする。
この男が、ここの『国』であろう。アーサーは不遜に笑むと、一歩前に踏み出した。
「お前が、ここの『国』か?」
「人にものを尋ねるときはそれなりの礼儀があるでしょう?」
 懼れるように瞬きして目を泳がせたように思えた青年は、刹那、背筋を伸ばして、こちらを静かににらみつけてきた。
「はっ。無知ってのは恐ろしいものだな。俺はイギリス。名前ぐらいは聞いたことがあるだろ?」
「……オランダさんから噂程度は。世界中の富を強奪して回る野蛮な海賊が何の用です」
「あいつ…。色々助けてやってるのに、その言い草か。オランダの言うことを丸呑みしないほうがいい。あいつは自分の利益のためなら泥靴だって喜んで舐める男だ」
「少なくともあなたよりは信用できますよ。あなたからは…血の匂いがする」
「…血ね。そりゃするだろうな」
 喉の奥から笑いを漏らし、青年に一歩近づいた。
「さっきの質問に答えてもらおうか? それとも、海賊らしくお前の鼻か耳をそぎ落とすほうがお好みか?」
「…そうですね。確かに私がここの国です。日本と呼ばれています。で、あなたはなぜここに来たのですか」
「商売さ。スペインやポルトガル、オランダの野郎と付き合ってるんだろ。俺とも付き合ってもらいたくてね」
「…お断りします。お帰りください」
 即答だった。その感情も感じられないような冷たい瞳に声、それ以上に自分に対する不遜な態度に腹が立つ。もちろん、相手にとって不遜な態度を取っているのはイギリスも同じ…いや、それ以上なのだが、そんなことを気にする柄ではない。
「イエスといえるのは、俺が下手(したで)に出ているうちだぞ」
 湧き上がる怒りを抑えて低く告げると、日本は首をかしげ、では…と口を開いた。
「港の使用料として、年間、銀五十五貫をお納めください。それと耶蘇教を広めることは禁止します。それが飲めれば、あなたとの取引、考えてみましょう」
「俺に条件をつけるってのか?」
「あなたにではありません。皆にです。オランダさんはお支払いくださっていますよ」
「奴と俺と同列に並べるってわけか」
 威圧感を与えるように踏み出し、頭半分低い青年の胸倉をつかんだが、動じた風もない。あくまでも静かな声がイギリスの心を苛立たせる。
「南蛮の事情はよく存じませんが、この条件を飲めないのであれば、お引取りを」
「きさまぁ……」
 少し痛めつけてやろうと腰に差した短剣を抜こうとしたイギリスは、それがないことに気がついた。その瞬間、首にひやりとした感触が走る。
「なん…だと?」
いつの間にか、彼に腰のものを奪われ、刃をあてがわれていたのだ。獲物だと信じていたものに逆転されたことに動揺し、汗が体の底からわきあがってくる。
「その傲慢さに足をすくわれるんですよ。お引取りください」
「ぐっ…」
「それとも、その首、かっ切って欲しいですか? 私、躊躇いませんよ」
「……わかった」
 逡巡した末にゆっくりと手を離し、胸の高さに手を上げると、日本は皮一枚を削ぐように短剣を引いて、それを懐紙でぬぐった。
「これはいただいておきます。さあ、お客様のお帰りですよ」
 くるりと踵を返した日本にイギリスはあろうかぎりの罵声を浴びせかけ、最後に怒鳴りつけた。
「必ず、お前を俺の流儀で港を開ける気にさせてやるからな!」
「年上に対する礼儀を学んでいらっしゃい。紅毛の野蛮人。神州に土足で踏み込むには力不足です」
 半分振り返った日本の沼のように暗い瞳が倣岸な光を帯び、表情の読めない陶器人形のような顔がかすかに歪む。その得体の知れない不気味さに押されて、イギリスは逃げるように、出航した。
「ちくしょう…。覚えてろ」
 悔しさを噛み締めたイギリスは知らない。平静を装って彼の船を見送った日本が彼に恐れを抱いていたことを。
「塩…塩をまいておいてください! 私は家に帰ります。こういう時にもう呼ばないでくださいよ! ああ…もう、心臓止まるかと思いました!」
 これが原因で国を閉ざしたかは定かではないが、日本はこの後スペイン・ポルトガルとも国交を断絶し、200年間にわたり海禁政策を取るのであった。
作品名:picaresque pirstes 作家名:みずーり