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あなたが残したこの未来に花束を

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幼い頃、突然私は姉と兄達に聞いた。
「クリスマスって何?」と。
 よくわからないながらにクリスマスなるものは楽しいものなのでしょうと彼らに言った。
「クリスマスやらないの?」
 この私の言葉に姉は大爆笑し、兄達は軒並み苦笑した。
「そうだな。せっかくなんだから今年はクリスマスをしようか」
 姉はそう言って、いそいそと準備をしてくれた。その年の12月24日は美味しそうなご飯が並び、そして翌日目が覚めると枕元には7つの包みが置いてあった。
「サンタさんが来たんだ。よかったね」
 一番上の兄はそう笑った。しかし、包みの中身を見ればその贈り主はすぐにわかる。
 お洒落なブローチはきっとおねえちゃん。キャンディはヤフリーお兄ちゃん……。
 きっとこっそり準備して夜中に枕元に置いてくれたのだろう。それが嬉しくて笑みをこぼす。
「ありがとう」
「な、何のこと」
「ううん。サンタさんにありがとうって言ったのよ」
 遠い日の思い出。あのころ私のまわりにはいつも優しさと愛情を向けてくれる兄弟がいた。
 そのことを私は決して忘れない。

 忘れやしない。










 目が覚めるとすぐに目覚まし時計を見る。時刻はアラームが鳴る予定の30分前。すぐにアラームを切ってベットから出る。アラームに起こされるのは嫌いで、だからだいたいアラームの鳴る前に起きてしまう。顔を洗うと鏡に自分が映った。
 ゆるやかな癖のある黒髪、そして特徴的な猫のような片目。不機嫌そうな20歳そこそこの女。
 適当に服を選んで、化粧をしてアパートから出た。朝の澄んだ空気が目に染みてパチパチと瞬きをする。
 彼女がここに越してきてから3ヵ月。もともとあてもなく世界中を回っていたのだが、いろいろあってここに住み着いている。
(でも、そろそろ頃合いかな)
 ぼんやりとあるいていると一軒のカフェが見えてくる。
「ワイン!」
 カフェのオープンスペースから青年が手を振っている。彼女は顔を顰めつつ、彼の向かい側に座る。
「呼ばなくても気づいてるわ」
 コーヒーとサンドウィッチを注文して、冷たく言い放つ。
 けれども彼は気にしたふうもなく笑っている。
「あの件は結局収まったんでしょ?」
「ああ。両方とも納得してくれた。君のおかげだよ」
 ワインがここに足を止めた原因といえばこの青年だ。どうもこの界隈は吸血鬼たちが集まって暮らしているらしい。そこで起きた縄張り争い。吸血鬼の存在が表になったことでこういう争いも表に出がちなのが最近の傾向だ。とはいえ、彼女がそれに首を突っ込むつもりはさらさらなかった。しかし、この青年が――ただの人間だ――「調停」しようと割って入ろうとして、ワインはそれを止めようとして……それからは成り行きだ。
「本当にありがとう」
「これで道案内の借りは十分返したわよね。十分すぎるくらい」
 そもそもこの青年と知り合ったのは、彼女が道をこの青年に尋ねたことに端を発する。あのときの自分はなんて愚かだったのかと彼女は思わず嘆息する。
「君みたいな優しい人と知り合いになれて良かった」
 嫌味に対しても明るく返す彼は天真爛漫というか世間知らずというか。それでいてどこか抜け目ない賢さ。自分にはないものを揃えた彼に対していつも少しばかりでなく苛立ちを覚える。
「それだけなら私帰るわよ」
「違う。今日は大事な本題があるんだ」
 そう言って、彼は鞄から小さな小箱を取り出す。わざとらしく咳払いをするとその小箱を彼女に差し出す。

「俺と結婚して下さい」









 アパートに戻ってシャワーを浴びた。とびきり冷たいやつ。
(結婚って何?)
 理解が追いつかなくて固まってしまった彼女に彼は続けて言った。
『すぐにとかじゃなくて結婚を前提にお付き合いして下さい。つまり……』
「君が好きなんだ」
 彼の言葉をなぞる。
 冷えた体で毛布にくるまった。
(好き? 私を?)
 優しく接したつもりもない。いつも彼を鬱陶しそうにしていた。それなのに自分を好きだという。
(意味がわからない)
 それでもその場で即座に断ることが出来なかった。小箱はそのまま鞄に入っている。開封はしていない。何が入っているか想像がつくから。
 指が自然に右耳へと向かう。そこには真紅のピアスがある。それは彼女にとってアイデンティティであり、勝負の証であり――何よりの宝物だ。
 彼女には秘密がある。彼は彼女がダンピールであることをまったく気にしていない。しかし、この『秘密』を知ればきっと彼女にプロポーズをしようなどとは思わなかっただろう。そうきっと思いやしない。
 何故かそう考えた瞬間胸が締め付けられた気がした。










 翌日、ふと夜になって外を歩いていた。行き着いたのは公園だった。
 静まり返った公園で、月灯りにきらめく金色を見た。
「あなた……」
「久しぶりだね」
 天使のような青年だった。最後に見たときとは随分と変わっているが、それでも一目でわかった。
「会えるかもしれないと思ったんだ」
 歌うように彼は話す。
「ミミコさんは元気?」
 会ったなら必ず言おうと思っていたことがいくつもあった。それなのに口を付いて出たのはこれだった。
「ミミちゃんは元気だよ」
「そう」
 しばし訪れた沈黙は決して不快ではなかった。
「『血』の導きにしたがえばいいんだよ」
 彼の言葉に彼女は思わず吐き捨てるように言った。
「『血』の導きなんてもう聞こえないわ。私の血族はみんなもう……」
 右手が思わず耳に触れた。
「そういうことじゃないよ。『血』は君自身なんだよ。上手く言えないんだけど……」
 うーんとうんーとと彼は唸っている。そうして彼は顔を輝かせた。
「人はその生きてきた過程でいろんなものを残していく。僕たちが『血』によって伝えていくように。だから……」
 どくんと右耳の結晶が波打った気がした。
「全部なくしてしまったと思わないで」










 初めて会った時、よく喋る人だと思った。恐れもせずに吸血鬼の中に飛び込んでいく姿は危なっかしくて、でも気持ち良いものだった。
 嫌いじゃなかった。だからなんだかんだでこの3ヵ月付き合ってきた。だけど離れなくてはと思った。
 自分はこの世界を、特区を監視し続けなくてはならないと思っていた。自分は最後の九龍の血族なのだ、
 だから、一人で生きていこうと思っていた。










 カレンダーを見たら、ちょうど12月24日だった。
 彼に電話をした。プロポーズを承諾すると。彼は喜んで、今すぐ会いに行っていいかと聞いてきた。
「もう少し待って。部屋が散らかってるの」
 そう言って待ってもらうことにした。ついでに買い物もしておこうと思って街に出る。
 結婚したらあの人に真っ先に知らせよう。きっと驚くに違いない。けれど、結婚式の招待状を出したらきっと来てくれる。世界中の誰もが知っているVIPと知り合いだと知ったら彼は何て言うだろうか。
 まだ、『秘密』を話す勇気はない。でも、いつかすべて話そうと思う。
 きっと彼は共に世界を見つめ続けてくれると信じている。