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Until the future

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「まったく嫌になるわね」

隣に並んだなり、そんなことを呟くものだから、ブレットは思わず苦笑した。
同チームの紅一点は、いつだって勝ち気で気丈な態度を崩さないから、周りに対して挑発的だったり時には高圧的だったりする態度を取ることも珍しくはない。
女であることを弱みにしたくない、そこに甘えたくはないという強い志の表れであることを知っているから、ブレットは特にそれを咎めることはしないが、時にはちょっとした火種になることもある。
彼女は十分に自分でそういったトラブルも解決できる力をもってはいるが、立場に課せられた責任感かそれとも生来の気質なのか、ブレットはついつい気にかけてしまう。

「何かあったのか、ジョー」

声をかけるとジョーは鬱陶しそうに髪をかき上げた。
いつも一つに纏めて高い位置で縛り上げているが、今日はすとんと背中に落ちていた。
長い髪は腰まで届くほどで、レースに置いて彼女が先行するとき、後ろ姿に揺れる髪がまるで釣り糸の先みたいだとエッジがひっそり呟いていたのを思い出す。
女を餌に釣られるのはお前くらいだ、とはハマーの返答だったか。

「…………リボン、なくしちゃったみたいで」

いつも明瞭な彼女らしくない間。
不自然なそれに、ブレットは眉を顰めた。
彼女がいつも訓練のある日につけているのは、実は昨年の彼女の誕生日に自分たちが贈ったものだ。

失くした?

それをとても大事にしていることを間近で知っているブレットは、妙に感じた。

「きっと荷物の中に紛れ込んでると思う。後でもう一度探してみるけれど」

どことなく慌てたような響き。
平静を装って隠してはいるのかも知れないが、伊達に普段一緒にいるわけではない。
何かあればそれを感じられる程度には、分かり合っているつもりだ。

「………何かあったのか?」

一歩踏み込んだブレットに、しまった、という風にジョーが一瞬眉を顰めた。
何かあったのだ、と察すると、ジョーが肩を竦めた。

「……リーダーには敵わないわね」





なんてことないわよ、とジョーは一笑に付した。

「よくある、という程でもないけれど。まあ、あるにはあるのよ、こういうこと」

事も無げにジョーは言うけれど、実際には言葉ほど気にしていない訳ではないのだろうとブレットは思う。
曰く、髪を直すために外したリボンを、同じ授業をとっている女子に汚されてしまったらしい。
どう見てもわざとであると分かる程度にわざとらしく、コーラをかけていったというのだから、聞いて呆れてしまう。
同じアストロノーツを目指すものとして、そんな程度の低い人間が身近にいると思うと嘆かわしさに溜息を吐きたくなる。
ジョーは、確かに優秀だ。
女子の中ではトップクラスの成績で、だから自分たちはずっとチームを組んでいるわけだが、それがそんな妬みの対象になることがあるということも、ブレットはよく知っている。

「低レベルな、僻みだな」

静かに、けれど盛大に軽蔑の意を込めた。
大事な仲間にいわれもない被害が及ぶのならば、事を荒立てるのを好まないブレットとて怒りを顕わにしたくなるものだ。
しかし、それを聞いて、くす、とジョーが笑った。
何を笑っているのかと視線で問えば、

「あの子達が聞いたら、きっと泣くわね」

いい気味、と、またいっそ小気味よく笑うジョーに首を傾げる。

「泣く?なんでだ」

「分からない?」

「分からない」

これだからブレットは、と言葉と裏腹な顔でジョーが破顔した。
空に向かっていた顔を、くるりと振り返らせて、

「あの子たちみんな、あなたのことが好きなのよ?」

「………………………それは、」

ブレットに好意を寄せる人間がいて、それがジョーに対して何らかの嫌がらせをくり返す。
それが意味するところはつまり、ブレットとジョーが「そういう」関係であると思われているということだ。
ブレットは別にジョーを嫌いではない。
むしろ好意があるのかと聞かれれば当然あるのだが、いかんせん好意の種類が違う。
共に高め合い戦い抜く仲間として、一人の人間としての純粋な好意だ。
彼女は強い、逞しい。
アストロノーツに必要な精神的強さも身体的強さも真っ直ぐさも兼ね備えていると思うから、だからブレットも認めている。
そういう好意だ。
しかし、周りから誤解を受けているのだとすれば、何か態度を改めなければならないのかもしれない。
それによってジョーに被害が及ぶのならば、なおさらだ。
考え込んだブレットを見て、ジョーがくすりと笑った。

「誤解もいいところだけど」

にこり、いつもの明るい笑顔で笑う。

「ブレットに大事にされているのは本当だものね。羨ましがられるのは仕方ないと思ってる。だから大丈夫よ」

「しかし……」

「心配をありがとう。それだけでいいのよ、わたしは」

まったく曇りのない笑顔は本当にいつもの彼女のもので、だからジョーは本当に大丈夫なのだろう。
これ以上の心配は、きっとかえって彼女の自尊心を傷つける。
それならば、ブレットがかけるべき言葉は違うものだ。

「……また、」

「なあに?」

「新しいのを、選んでやろうか」

本来はリボンが結わえられている辺りを指差すと、ジョーは一瞬目を瞬いて、それから声をあげて笑った。

「そういうことするから、こういうことになるのよ」

「………そうか、そうだな」

ふふ、と笑うジョーに、自分も苦笑した。
確かにこんなことがあった後に自分がジョーのリボンを選んだとなると、さらなる誤解を生みかねない。
自分に他意はないつもりだが、周りがどうとるかは自分には計り知れないのだから。

「ところでブレット、」

「ん?」

「わたしのことより、ブレットは何がほしいの?」

「………何だが?」

突然の話題転換に思考が追い付かない。
何故自分の話になるのだろうかと首をかしげると、いやだ、とジョーが笑った。
ぴた、と細い人差し指が自分を差した。

「バースデー、そろそろじゃない」

「ああ………」

訓練に必死でそんなことは頭の中から追いやられていた、すっかり。
しかし毎年チームのメンバーでお互いの生まれた日を祝い合うのは習慣であるし、何か贈り合うのも実は楽しみにしている習慣でもある。

「忘れていた」

「そんなことだろうと思ってた」

事の発端はそれなのにね、ジョーが呟く。

「何の発端だ?」

「だから、これ」

ジョーが指し示すのは、今日だけはリボンで結わえられていない髪。

「わたし、彼女たちのライバルらしいから。ブレットのバースデーが近づくと増えるのよね」

いやがらせ、とジョーは事も無げに言った。

「……………すまないな、それは」

「別に謝らなくてもいいわよ」

ブレットのせいじゃないもの。
言って、それからジョーは口元に手を当てた。
それは楽しそうな表情。

「その代わり、あんな子たちが付けいる隙もないくらいチームのみんなで盛大にお祝いしましょうね。彼女たち悔しがるわね、ふふ」

何かひとり燃え上がり始めたジョーに多少の不安を感じながらも、ブレットは苦笑を浮かべてその背中を追う。

「…あ、リーダー!」
作品名:Until the future 作家名:ことかた