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上田にて

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酒屋の瓶ケースを踏み台に庇の上を覗いた健二さんが「あ」と小さく声を上げた。
 バドミントンのラケットでチャンバラをしていた祐平と真悟が敏感に振り返る。
「カブトムシだ」
 健二さんの呟きに間髪入れず二人が叫ぶ。
「見たい!」
 健二さんは真悟の脇に手を差し入れて持ち上げた時、少しよろけた。
 チビ達のリクエストは肩車だったが、やめて良かった。
 あまり力のあるように見えない腕で真悟の体を掲げるとギリギリで庇の上が覗けるようだった。
「おおー!」
 歓声に順番待ちをしていた祐平が焦れて「交代!交代!」と飛び跳ねる。
 真悟よりも体重のある二番手もしっかり掲げ上げていたが、「おおー!」の直後に下ろしたところを見ると、やっぱり余裕はなかったようだ。
 祐平を着地させた後、両手が僕に差し出される。
「あ、」
 僕の顔を見て一度差し出した手を引っ込めた。
「ごめん」
 余裕がないくせに「つい」って顔に書いてある。
 引いた肘、抱き上げようとしたのを誤魔化すように緩く握られた手。
(子供扱いだ)
 への字になりそうな口を一文字に引き結び、地面に投げ落とされてからカブトムシに注目を奪われたシャトルを拾い上げる。
「別に、気にしてないよ。」
 チビ達が振り回すラケット目がけてシャトルを放った。
 勝負再開と同時に健二さんは両手を上げて得点板となり、僕はその隣で審判になった。


 まだ十三年しか生きていないけれど、気持ちひとつで世界が色を変えるのを何度か見たことがある。
 一度目はOZで自分の分身がチャンピオンになった時。
 二度目はついこの間、強大な敵に追い詰められた時。
 それから三度目――それは瞬間ではなかった。ラブマシーンとの戦いの中で自分でも意識しないうちに一人の人の印象がどんどん変わっていって、気がついたら誰よりも輝いて見えた。
 初めて会った時なんか、印象そのものが薄かった。
 それが、日陰から真夏の陽の下へ歩みだしたように輪郭を光らせ、心にくっきりとした陰を刻みつける。


 屋敷の被害状況の確認には三日を要した。
 一時的な立ち入りは許されたものの、案の定部分的な補修では済まず、すぐに建て直しの準備が始まった。
 いくらか吹き飛んでいるとはいえ広い屋敷から荷物を運び出すには人手がかかり、頼まれると弱い健二さんもズルズルと滞在期間を伸ばしていた。
「これが一段落したら本当に帰るの?」
「うん、先輩のご両親も仕事が始まるっていうし、一緒に車で東京に戻るよ。」
「そう。」
 土埃に足跡が散らばる廊下を歩きながらこっそり唇を噛んだ。
 大伯母の万里子に納戸からタオルセットの入った箱を取ってくるよう頼まれた際に健二さんが当たり前のように一緒に立ってくれたことで軽くなった足が、照れた様子で夏希の話をする姿を見て重くなる。
 古い家らしくて好きだった本家の匂いには土の匂いが混じり、屋内は以前より薄暗く見え、何度も訪れている屋敷がよそよそしく感じられた。

 屋敷の中でも納戸は比較的被害が少なかった。
 積まれていた物が崩れて散らばってはいたが、“あらわし”墜落当時たまたま引き戸を閉めていたお陰だろう、廊下を満たしていた土埃も届いていない。
 僕らは万里子おばさんの曖昧な記憶を元に「白くて箔押しでロゴが入っている箱」に入ったタオルを探し始めた。
 まず、床に散乱した箱を確認した端から壁際に積み上げる。床が一通り片付いても目的の物は見つからない。
 仕方なく棚に収められた荷物を確認しようと顔を上げた時、それを見つけた。
 箱の側面に堂々と黒マジックで「タオル」と書かれた白い箱。やや高い棚の上に積まれている中の一つだった。
 箱の上に更に箱があって、まるで積み木ゲームのジェンガのようだ。
 背伸びすれば届きそうだと思って僕は手を伸ばした。
 しかし、爪先で立って精一杯腕を伸ばしても箱に触れさえしなかった。
「取るよ」
 健二さんがぴったり横に立ったので一歩引いて場所を譲る。
 そこで腕を目一杯伸ばしても箱を引き抜くにはまだ足りなかった。
 健二さんの踵が浮く。
「また取って貰った。」
「え?」
 つま先立ちを一旦やめて振り向いた。
「ああ、この間のバドミントンのことかな。気にしなくていいのに。」
 健二さんの足ばかり見ながら返事をしようとして何度も打ち消す。
 聞き流して欲しい格好の悪い独り言だった。自分の情けなさに拗ねているだなんて悟られたくないのにこぼしてしまった。
 上手いフォローの言葉が見つからずに困っていると、その沈黙を返答と解釈したらしい健二さんは控えめに言い直す。
「えっと、背のことだったらすぐに伸びるよ。」
「…ホントに?」
「うん、足が大きいと背も大きくなるって聞いた事ない?」
 自分と健二さんの足を見比べる。
「佳主馬くん、結構足大きいよね。あと数年したら僕より高くなるよ。」
 再び踵が上がる。
 軽く前に傾いだ体のバランスを取るために腰反らせ腕を伸ばすと肩の方へたるんだ半袖シャツの袖裾から日焼けの境目が見えた。
 薄暗い中では目立たない程度の日焼けだけれど、こうして焼けていない白い肌と比べるとよく分かる。
 見るからに文化系の力のなさそうな腕の先、両手の指の腹で目的の箱を引っ張り出した。
 その時、引き抜いた箱の上に積まれた小箱が滑り落ちるのが見えた。
 咄嗟に踏み出して手を伸ばす。
「健二さん!」
 頭だけで振り向いた健二さんが短い悲鳴を上げる。
 縺れるように床に転げた僕の上に箱が降り注いだ。
 重い箱が一つも無かったのが不幸中の幸いで、うつ伏せたまま撫でた後頭部には瘤も痛む部分もなかった。
 箱がぶつかり合い床に転がる音が止んで一瞬静まり返った納戸にうめき声が響く。
 ハッとして慌てて両腕を床に突っ張った。
 倒れ込んだどさくさに下敷きにしてしまった健二さんを見下ろした途端に音が聞こえそうなほどに心臓が脈打った。
 まるで檻に閉じ込めているように腕の間に頭があって、四つん這いの膝を動かすと膝の内側が健二さんの脇腹だか腰だかを摩った。
 一度意識し始めると堰を切ったように下心混じりの恋心が溢れ出して頭が一杯になる。
 瞬きしたその目と目が合うのに怯えて顎を引けば暑さに多めにボタンを外した襟元から肌が見える。そこに柔らかな膨らみなどないのにいけないことのように思えて視線をまた上に戻すがどこを見たら良いか迷ってしまった。
「…佳主馬くん?」
 見下ろした唇が名前を呼ぶ。目の前で手を叩かれたように目が覚めた。
「あ、」
「どうしたの?どこか打ったのかな」
「いや、だ、大丈夫!」
 慌てて体の上から退いた勢いのまま床に散らばった箱の上に尻もちをついた。
 ますます情けないが、そんなことも気にならないほど焦っていた。
 それを隠そうとして手当たりしだいに箱を壁際に積み上げて片付けるフリをしたが、雑に積んだ山は途中で崩れ、動揺がバレてしまうという心配で頭がガンガンした。
 気持ちを切り替えろ。
 頭を激しく振ると背後から気遣わしげな声が掛かる。
「やっぱりどこか痛くしたんじゃない?大丈夫?」
 恐る恐る振り返って表情を見たが、健二さんは普通だった。
 一人で焦ってバカみたいだ。
作品名:上田にて 作家名:3丁目