人真似できない感情でありまして
「冗談でも言って流されることと流されねぇことがあんだろ。竜ヶ峰ぽかんとしてたぞ」
「そう、まあ 半分は本気だからいいんだけれど」
面白そうな子だよね。次の日も平日だからと丁寧に頭を下げて帰った学生を思い返して幽は呟く。片付けようとしていたカップを握りしめ、みしりと音を鳴らした。カップを壊さないようにゆっくりと指を開いた静雄を見つめながら、幽はじっと静雄を見上げる。
「兄貴、あんまり余裕を出してたら 食べられちゃうよ。あのプリンみたいに」
「・・・さっきも言っただろうが。プリンと竜ヶ峰は同じじゃねぇ」
静雄は呟きながらも、目を丸めつつも非日常の会話を楽しんでいる様子だった帝人を思い浮かべる。無性に取り残されたような、焦燥感を抱えて黙った静雄へ、同じだよ、と幽は囁いた。
「同じだよ、兄貴。あのときも、そうして彼も 俺が自分の意思で欲しいと思ったものなんだから」
苛々が募る静雄へ、幽は無表情を崩すことなく宣言した。静雄が幽を冷たく見つめる。その視線に ほら と幽が嘆息した。
「兄貴とほしいものが被るなんて、ついてないな」
「・・・あいつは物じゃねぇ」
俺なんかを認めて、凄いですなんて言ってくれる 大事な。静雄は言いかけた言葉をとめ、幽へ睨みをきかせる行動を止めた。悪い、途切れた言葉の代わりに紡がれた謝罪へ、幽は首を傾げて答える。
「大事な、 ?」
「・・・いいだろ、俺の話だ」
静雄は恥じいったように呟き、カップを乱雑に片づけ始めた。幽は言葉をしまい、目を閉じて ふうん と相槌をうつ。静雄は終息に向かう対話に息をつき、幽へ声を上げかけた。それよりも先に、彼は瞳を静雄へ向ける。
「俺は兄貴の芝居なんてしたことないからね」
「・・・ああ?」
偽りも演技もない感情ってこと。幽は呟き、まずは怯えられないよう笑顔の練習だと 自らが行った役柄を思い返しながらとびきり柔和で美しい笑みを浮かべた。
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おれだって、あのこが ほしい
作品名:人真似できない感情でありまして 作家名:宮崎千尋