ティル・ナギ
ティルは周りを見た。
ため息をついてルックが言った。
「どうも今朝、頭を打ったらしくて、なんかちょっと、ナギがナギじゃないらしいんだ。」
「えっ?怪我は?大丈夫なの?」
「見たとおり、中身以外はいたって問題なし、健康体だよ。たんこぶくらい?この妙な状態もいつかは治るだろうって事だけどね。」
「なーんだ、良かった。じゃあ、問題ないんじゃ?」
「いや、問題大有りだろ?」
頭を、か。
ティルはナギの頭にそっと手を伸ばし、触ってみた。
くすぐったそうにしながらも、そうされてナギは嬉しそうにティルに笑いかけた。
「・・・・・。」
ティルは何を思ったか、ふいに手をのばしてみた。
それを見たナギはまた嬉しそうにティルに抱きついた。
ティルは固まりつつも手はナギの背中にまわした。
ポカンと口をあけている。
それから不意にルックのほうを見て言った。
「このままでいーんじゃない?」
良くねえぇぇぇ、つーかダメだこの人。
全員がそう思った。
「ティル、よく考えてみなよ。ナギがこんなだったらハイエナ共の餌食なんだよ?」
「うーん、うちに来る?」
違うだろーがっと、皆の心は1つだった。
ナギ以外は。
抱きしめられたまま、顔だけ上げて自分より背の高いティルを見上げる。
「おうちですか。ありがとうございます。」
ニコーッと無邪気に笑ってナギは言った。
ティルは笑顔のまま固まったのち、さらにナギをギュッと抱きしめた。
「うわーん、かわいい。かわいすぎる。あーもうどうしよ?」
その間に、手に負えない、というか手に負いたくない上層部の面々はルックに、後は任せた、と言ってその場を離れていった。
「ちょっと。こんな奴ら僕に押し付けるなーっ。」
勿論言っても無駄な事だった。
ティルがルックに言う。
「こんな奴扱いはひどいよ、ルックん。」
「うるさいっ。ちょっと、いい加減離れなよ。」
ルックはティルからナギを引き剥がした。
するとナギは今度はルックにギュッと抱きついた。
「へえ、ルック、覚悟はいい?」
「え、ちょ、何・・・、あーちょっとナギ離れて!?」
青くなったり赤くなったりしながらルックは言った。
ナギは素直に離れた。
「ちょっとここじゃ落ち着いて話も出来ない。人目もあるし。僕の部屋にいくよ。」
そう言うとルックはティル、ナギと共に一瞬で自分の部屋に移動した。
部屋はなんの飾りつけもない簡素な部屋だった。
「ちょっとナギはここに座って。ティル、あんたはどこでもいいから適当に座ってなよ。地べたにでも・・・。」
最後はボソッと呟きながらルックはお茶の準備をした。
ナギは言われた通りテーブル横の椅子に腰掛けた。ティルは地べた云々は聞こえていたが無視してベッドに腰掛けた。
ルックは入れたお茶を、ナギと自分の分はテーブルの上に置き、ティルには手渡して自分も椅子に腰掛けた。
「わー、ルックの入れてくれたお茶、すっごくおいしいです。」
「ほんとだ、やるね、ルックん。さすが弟子兼家政夫。」
「・・・うるさい。で、ナギ。」
「はい。」
ナギは呼ばれてカクンと首を傾けて返事した。
かわいらしすぎる、と2人、特にティルは思った。
「君ね、さっきみたいなの、絶対にしちゃだめだから。」
「さっき?」
「僕やティルに抱きついただろ?あーゆー事は例え相手がしてきてもしちゃだめ、むしろ逃げてくれないかい?」
「?どうしてなんですか?」
不思議そうに目をクリクリさせながらナギは聞いた。
ルックはため息をつく。
「どうしてって・・・。君、相手によっちゃあそのまま襲われるよ?」
ティルもうんうんと頷いている。ナギは益々不思議そうに言った。
「襲われる?よく分からないんですけど・・・。僕、いくらなんでも知らない人に抱きついたりしないですよ?ただ好きな人にギュッとしたりしてもらったりしたら嬉しいだけなんですけど・・・。」
「わお、聞いた?好きな人だってー。じゃあナギは僕のコト好き?」
「はい、大好き。」
ニコーッと無邪気に笑ってナギは答えた。
ティルはなんだか魂が抜けかかっているような様子だ。
「ちょっと話脱線させないでよ。だいたいティルが思ってるような好きじゃないんだから、そのまぬけな魂戻しなよ。」
「ルックも大好きだよ。」
「・・・」
はっとティルは我に返った。
ルックは顔を赤くしている。
「ね?どんな好きだろうと、ナギに大好きって言われると破壊的な威力でしょ?」
「はあ、これもだな・・・。ナギ、知り合いだろうが何であろうが、抱きつくのも好きだとか言うのもダメだからね。なんでもへったくれもなく禁止。分かった?それとなるべく僕のそばから離れないこと。これも分かった?」
「???いえ、よく分かりませんが、はい、言う事、聞きます。」
「えー、ずるいルック。ナギー、僕がいる時は僕の側にいるんだよー。1番安全だからね?」
「はい。」
「・・・安全?まあ、確かに他の奴らにとっちゃあんたは脅威だろうしね。」
「ひどいなあルック?さっきから所々で言葉の端々がひどい。」
「ふん。僕は本当の事を言ってるだけだよ。」
「えー?何それ?愛情表現の裏返し?」
「変わった愛情表現もあったもんだね。」
2人は黒いやり取りを交し合った。
その黒さが見えない今のナギは邪魔しちゃ悪いかなと部屋を出た。
ナギが出て行ったのに2人とも暫く気付かなかった。
「あ、ルック!!ナギがいない。」
「くそっ。あのバカ。ちょっと待って。紋章の気配を辿る。」
そう言うとルックは目を閉じた。