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すずき さや
すずき さや
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止まらぬ想い

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「止まらぬ想い」【おためし版:3,272文字】2009年5月3日発行



 あの時、思わず声をかけたのはなぜだったのだろう。ふと、見かけた背中が、小さくて頼りなかったから?遠くを見る表情が寂しげだったからか?
 いや、本当はどこかで慰めてやりたかったのかもしれない。見ていればどれだけ努力しているか分かる。どれだけゴールに執着しているかも知っている。
 分かっている、と伝えたかったから声をかけた。
 そして、自分の言葉で元気を取り戻す素直さが可愛いと思ったが、その時の顔を見て同情しただけと思わず言ってしまった。何を強がってそんなことを言ってしまったのか、勝手に口が動いただけだとしか言いようが無い。
 その後、無駄に懐かれてしまった、と後悔した。だが、ストレートに好意を向けられることは新鮮で少し面倒くさいが楽しい。
 好意以上の思いを寄せていることに気づいたのはいつからだっただろうか。
 そして、自分にも同じ気持ちが芽生えていることに気付いて戸惑いが生まれた。

「好きです」
 いきなりこれは無いよな、と内心焦った。子供すぎる。幼すぎる。馬鹿すぎる。でも、嬉しかった。
 いろいろな思いがあふれ出して、「おれも」と言わなかったのは大人としての分別かそれとも勇気のなさか。
 抱きしめてやりたいと思ったが、それはできない。同じフィールドの立つ者として駄目だと思った。
 笑って受け流すこともできたが、それもできなかった。相手は子供だとなめてかかっていたけれど、子供なのは、自分かもしれない。
 その場は「だめ」の一点張りで泣かしてしまった。
 これでこりるかと思ったがこりた様子はなくあいさつのように自分に向けて「好きだ」と、繰り返し言ってくる。
 それを聞いて不快にならない自分がいる。

 いつかきっと相手への思いがあふれて出して止まらなくなってしまいそうで怖くなった。
 いつまで我慢できるのか分からない。
「好き」と言う思いを止めるのは難しい。



「好きです!付き合ってください」
 世良は生まれて初めての告白をした。
 これまで彼の中の人生で告白した記憶がない。今まで気になった娘も好きになった娘も彼女たちの方から手紙を寄越しチョコレートを寄越して来た。そして、頬を赤く染め「世良くん、私と付き合って」と、言ってくることばかりであった。
 そういうこともあって世良は好意を寄せれば自然と相手も好意を寄せると信じて生きてきた。
 この手の話をすると素直な椿は顔を赤らめて羨ましそうな表情を向ける。そんな椿の顔を見ると何となく大げさに言ってしまう。そして、それをまた椿が素直に聞くので楽しくなる。
 その様子を見て口の悪い赤崎には「それは世良さんの妄想。作り話」と言われる。「なんという可愛げのない後輩」と、腹を立てる一方で赤崎自身から浮ついた話を聞かない。世良は「こいつは、羨ましがっているのだ」と、思っている。
 そういう過去の経緯もありこれまでの世良の人生では「告白」とはされるものであり、するという行為は今までなかったことである。
 そんな、彼にとって生まれて初めての告白の相手は年上。しかも同性である。

 頭を下げたまま動かない世良を見つめて堺は、大きくため息を吐いた。
「お前、頭大丈夫?」
 世良は告白した相手に「どこかぶつけたのか?」と下げた頭をなでられた。
「それとも悪いもの食ったか?」
 冗談めかしに言われて思わず世良は顔をあげる。
 すると、目の前には想像とは違う険しい顔をした堺が立っていた。
「悪いものなんか食っていません!」
 その表情にひるまず世良は叫んだ。彼が笑顔を見せて素直に告白を受け入れるとは考えられなかったが、世良としては良い感触は得られるだろうという甘い気持ちがあった。しかし、告白は逆効果だったようだ。
 堺は腕を組んで世良を見下ろす。
「食ったのは堺さんの手料理です」
 無言の相手に臆したが世良は言葉を続ける。
「毒は入れてないんだがな」
 堺は再びため息を吐く。
「お前、ちょっと頭を冷やせ」
 世良は椅子を勧められて仕方なく座る。よく冷えたミネラルウォーターが入ったグラスを堺から渡されると世良はそれをひと息に飲み干した。緊張のため乾いていたのどに冷えた水は心地よく、世良は「告白」の緊張から解放されたので思わずふうと息を吐く。
「お前さ、言ったこと後悔しているだろ」
 堺は憮然とした顔で世良の向かいに椅子を引き寄せて腕を組んで座った。
「してません!」
「してるって」
「していません!」
 冷静な態度で堺は世良の手の中で空になったグラスを取り上げるとテーブルに置く。
「むきになるなって」
 堺は世良の頭をぐしゃぐしゃとなでる。取り合ってもらえないと気付いた世良は堺を見つめるのをやめて下を向いた。顔が火照って目頭が熱くなる。そんな自分の情けない表情を見られたくなくて足元の床を見つめ続ける。
「おれの気持ちに気付いていると思っていました」
 世良がか細くつぶやくと、堺は手を止めてわざと大げさな口調で話す。
「オッサンを相手にばかを言うんじゃない」
「もう。オッサンって自分から言わないでくださいよ」
 堺の言葉に世良は自分が傷つけられたように訴える。そんな世良の様子に堺は苦笑する。
 わざと傷つく言い方をした方がいい。世良はまだ若く自分はもう若くない。そう思うと、堺はわざと突き放した口調になる。
「おれが世良の年の頃。三十歳過ぎって聞けばオッサンだった」
 その言葉を聞いて自分で少しもそう思っていないくせに、と世良は思う。おそらく堺はわざと言葉を選んでそう言っているのだ。傷つけるようなことを言って悲しませて距離を保とうとする堺の態度に世良はせつなくなる。
「幾つ年が離れていると思っているんだ?」
 堺は言葉を続ける。
「若いから勢いでそんなことを言ったんだろうけど、ちょっと落ち着いて考えろ」
 堺はそう言うともう一度、世良の頭をなでる。世良のはねた髪を梳くように何度もなでるやさしい手。
 そのやさしい手が自分に向けられている。つかんで離したくないのにつかもうとした途端にきっと逃げてしまう。そう思うと胸が締め付けられるように痛んだ。
「泣いているのか?」
 目の前にボックスティッシュを差し出されて世良はあわてて数枚抜き取ると顔をごしごしと拭く。
「意地の悪いことを言うから泣けてきたんです」
 それは嘘。堺の手があまりにやさしいから辛くなったのだ。この手を求めれば求めるほど心が遠くに行ってしまうような気がして切ないのだ。
「世良の気持ちを分かってるし、俺も同じだと思う」
 堺の言葉に顔を上げる。その言葉が嬉しくて頬を緩めると涙線まで緩んできて視界がゆがむ。
「けど、だめ。絶対にだめだ」
 求めれば逃げて行く堺を世良は恨めしい気持になる。
 なぜ?どうして?は、聞けない。聞きたくない。理由を問えば堺は彼なりの言葉でがまん強く世良に諭してくるだろう。
 堺の言葉に一理あったとして頭で理解できても心までがそこにたどりつかないことを自分は分かっている。だから聞けない。
 ただ一緒にいたいという気持ちだけでは満足できない。堺をもっと知りたい、求めたい。その思いは止まらない。
作品名:止まらぬ想い 作家名:すずき さや