西日射す窓
*「止まらぬ想い」発行日に配った無料配布SSです。村越さん視点っぽいお話。
村越がマッサージルームに顔を見せると、マッサーが目を合わすなり人差し指を口元に寄せた。
「コシさん。静かに」
笑いをこらえた表情のマッサーにうなずきながらそっとドアを閉めてマッサージルームに入る。
消炎剤の匂いの消えないこの部屋は柔らかい日差しが入り心地よく感じる。
村越は表情だけでどうした、と尋ねるとは窓に近いベッドの方を指した。
「堺さんが寝ていますから」
そのままそっとしてあげてください、と静かに続けた。
午後の日差しを受けた堺がうつぶせの姿勢で腕を枕に静かな寝息を立てている。
村越は横を向いた堺の寝顔を覗き込んだ。
普段の硬い表情から解放された寝顔は穏やかで少し幼いように見えた。思わず村越は堺の前髪を梳くようになでた。
以前は堺の寝顔をよく見ていた気がする。それはいつの頃までだったか。昔は齢の近さもあって一緒に行動することが多かったが、気付けば単独行動をするのがお互い当たり前になっていた。
最近、テレビが壊れたので足しげく部屋へ通うようになったが、ふらりと世良がやって来た時に「いい加減に買え」と、きつい口調で言われたことを思い出す。
空いた方のベッドに横たわり俺にもお願いします、と告げると「少し待ってね」と、マッサーが大きめバスタオルを持って堺の体にそっと掛けた。
「風邪ひいたら大変ですから」
ETUの得点源ですからね、といたわるように肩のあたりを軽くなでた。
若手の台頭と夏木の復帰で出番が減ってはいるが堺はチームにとって大切な選手だ。これまでETUを背負ってきたと言う自負が彼をピッチに立たせている。
その言葉に村越は 黙ってうなずいた。
マッサージを受けながら軽い雑談を交わしていると隣に眠る堺の話題になった。
「最近、堺さんの体が軽くなった感じがするんです」
それはどういう意味だろうか。村越がたずねる前に落ち着いた声が背中から降ってくる。
何と言うか無駄な凝りがなくなったというか、どこか精神的に落ち着いた感じがしますね。
疲労はもちろん蓄積されていきますから体から痛めた部分や疲れを感じますが、根本的なものと言うか心の凝りがほぐれた様なリラックス感を感じます。
堺さんは恋人でもできたんですかね。
マッサーの言葉に村越はびくりと肩を動かした。
「何を驚いているんですか」
冗談ですよ、と軽く言われて村越は「あいつもいい年だからな」と、それに合わせた 。自分の思わぬ動揺に村越は少し焦りを覚える。
「コシさん。後れを取って動揺しましたか」
「そうかもな」
二人とももてるでしょうに、いつまでも選ぶ側だと思っていたら相手がいなくなってしまいますよ、と言われ苦笑する。堺も村越も家庭を持つことなくサッカーに打ち込んで生きてきた。その選択が間違っていたかは分からない。
村越は隣のベッドへ視線を送る。うつぶせのままの姿勢が苦しくなったのか堺が軽く寝返りを打っていた。タオルが肩からずり落ちて背中が露わになる。
しばらくその背中を見つめていたが、たわいもない会話に飽きて村越は眼を閉じた。
「堺、起きろ」
その声に驚いて堺は身を起こす。
「コシさん」
「若い奴ほどよく寝るって言うけど堺も若いな」
窓からの日差しがまぶしいのか堺は顔をしかめている。
「堺が起きないから帰れないって」
まだ眠いのか堺はふらつきながら立ち上がった。
「本当にこんなにぐっすり寝ちゃうんじゃ、堺さんはまだまだ若いよ」
マッサーも笑いながら堺の肩をもむ。寝起きの堺は寝ていたことにバツの悪さを感じるのか、しかめた顔のまま額に手をやっていた。
「これから飯食って帰るか」
村越は久しぶりに堺とゆっくり話したくなり自然と誘いの言葉が出た。
「ああ。いいですね」
その誘いに堺は軽く応じてうなずいた。マッサーも誘ってみたが「二人でサッカーの話もあるだろうから」と、断られてしまった。きっと、彼には戻る家族がいるのだな、と村越は感じながら堺とともに部屋を後にした。
私服に着替えて並んで歩いていると向こうから世良が走ってきた。
「良かった。堺さん、まだいた」
もう、探したんですよ、と頬を膨らます世良を見て堺がやれやれというような顔をする。
「俺はしっかりマッサージ受けてから帰るの」
「しっかり昼寝もしたけどな」
「コシさんっ」
堺の言葉を村越は混ぜ返すと、余計なこと言わないでくださいよ、とむきになる堺に村越は苦笑を向けた。
世良は二人のやり取りを驚いた表情で見つめている。
「なんだ。珍しいのか」
どう返していいのか困っている世良を村越は面白いものを見るような目で眺めた。
「世良」
「は、はい」
村越に声をかけられると世良は緊張して背筋をぐっと伸ばした。
「堺を待っていたのか」
「そうっス」
世良の顔を見て村越はマッサーが感じ取った堺の変化は世良の存在だと悟った。
二人の前で固まったままの世良の肩を村越は軽く叩くと堺に聞こえないよう耳元で
「世良、うまくやれよ」
と、ささやく。その言葉に世良が驚くのを見てから村越は堺の方へ顔を向ける。
「堺、悪いな。達海さんのところへ報告しに行くのを忘れていた」
飯はまた今度な、と堺の肩を叩く。堺は少し戸惑った表情を浮かべたが黙って村越にうなずいた。
無言のまま、堺は村越の背中を見送った後、成り行きをじっと見ていた世良を見る。
叱られた子供のような表情で世良は自分を見上げているので笑いそうになった。
「おっし。帰るぞ」
堺はがっしりと世良の肩を組む。世良は「うわっ」と、小さく声を上げて前へつんのめりそうになった。
「なんだ。お前、一緒に帰りたくねえのか」
「そんなことないっス」
堺の言葉に世良はとんでもないというように左右に首を振る。そして、ちょっとびっくりしただけです、と付け足した。
「飯を食いに行くぞ」
堺の言葉に世良ははじかれたように顔を向ける。いつもの仏頂面ではない堺の顔があった。
「はいっ」
世良は嬉しさでくしゃくしゃになった笑顔を堺に向けると、堺も同じように笑っていた。
「今日は、世良のおごりな」
「えー。まじっスか」
「コシさんにおごってもらいそびれたから、今日は世良が俺におごるの」
堺は少し値の張るオーガニックレストランの名前を出すと世良が「ひえー」と小さく悲鳴を上げた。
「文句あるのかよ」
愉快そうな堺の声に世良が「何もないっス」と、力なくつぶやく。堺さんは食べ物にうるさいからなぁ、と世良は立ち止まると財布の中身の心配をした。
世良の心配をよそに堺は足取りも軽くクラブハウスから出て行く。
堺さんと一緒だからいいや。
世良は先のことを考えずに堺の背中を追った。
「あれ、堺と世良じゃん」
ベッドの上で胡坐をかいている達海は窓の外に目を向ける。
達海が居座る部屋からの窓から駐車場の二人が見えた。サングラスをかけた堺の表情は分からないが助手席に座る世良の顔は明るく屈託のない笑顔だ。
「あいつら、仲いいのか」
「ええ、悪くないようです」
村越も達海と同じ方向に視線を向ける。
村越がマッサージルームに顔を見せると、マッサーが目を合わすなり人差し指を口元に寄せた。
「コシさん。静かに」
笑いをこらえた表情のマッサーにうなずきながらそっとドアを閉めてマッサージルームに入る。
消炎剤の匂いの消えないこの部屋は柔らかい日差しが入り心地よく感じる。
村越は表情だけでどうした、と尋ねるとは窓に近いベッドの方を指した。
「堺さんが寝ていますから」
そのままそっとしてあげてください、と静かに続けた。
午後の日差しを受けた堺がうつぶせの姿勢で腕を枕に静かな寝息を立てている。
村越は横を向いた堺の寝顔を覗き込んだ。
普段の硬い表情から解放された寝顔は穏やかで少し幼いように見えた。思わず村越は堺の前髪を梳くようになでた。
以前は堺の寝顔をよく見ていた気がする。それはいつの頃までだったか。昔は齢の近さもあって一緒に行動することが多かったが、気付けば単独行動をするのがお互い当たり前になっていた。
最近、テレビが壊れたので足しげく部屋へ通うようになったが、ふらりと世良がやって来た時に「いい加減に買え」と、きつい口調で言われたことを思い出す。
空いた方のベッドに横たわり俺にもお願いします、と告げると「少し待ってね」と、マッサーが大きめバスタオルを持って堺の体にそっと掛けた。
「風邪ひいたら大変ですから」
ETUの得点源ですからね、といたわるように肩のあたりを軽くなでた。
若手の台頭と夏木の復帰で出番が減ってはいるが堺はチームにとって大切な選手だ。これまでETUを背負ってきたと言う自負が彼をピッチに立たせている。
その言葉に村越は 黙ってうなずいた。
マッサージを受けながら軽い雑談を交わしていると隣に眠る堺の話題になった。
「最近、堺さんの体が軽くなった感じがするんです」
それはどういう意味だろうか。村越がたずねる前に落ち着いた声が背中から降ってくる。
何と言うか無駄な凝りがなくなったというか、どこか精神的に落ち着いた感じがしますね。
疲労はもちろん蓄積されていきますから体から痛めた部分や疲れを感じますが、根本的なものと言うか心の凝りがほぐれた様なリラックス感を感じます。
堺さんは恋人でもできたんですかね。
マッサーの言葉に村越はびくりと肩を動かした。
「何を驚いているんですか」
冗談ですよ、と軽く言われて村越は「あいつもいい年だからな」と、それに合わせた 。自分の思わぬ動揺に村越は少し焦りを覚える。
「コシさん。後れを取って動揺しましたか」
「そうかもな」
二人とももてるでしょうに、いつまでも選ぶ側だと思っていたら相手がいなくなってしまいますよ、と言われ苦笑する。堺も村越も家庭を持つことなくサッカーに打ち込んで生きてきた。その選択が間違っていたかは分からない。
村越は隣のベッドへ視線を送る。うつぶせのままの姿勢が苦しくなったのか堺が軽く寝返りを打っていた。タオルが肩からずり落ちて背中が露わになる。
しばらくその背中を見つめていたが、たわいもない会話に飽きて村越は眼を閉じた。
「堺、起きろ」
その声に驚いて堺は身を起こす。
「コシさん」
「若い奴ほどよく寝るって言うけど堺も若いな」
窓からの日差しがまぶしいのか堺は顔をしかめている。
「堺が起きないから帰れないって」
まだ眠いのか堺はふらつきながら立ち上がった。
「本当にこんなにぐっすり寝ちゃうんじゃ、堺さんはまだまだ若いよ」
マッサーも笑いながら堺の肩をもむ。寝起きの堺は寝ていたことにバツの悪さを感じるのか、しかめた顔のまま額に手をやっていた。
「これから飯食って帰るか」
村越は久しぶりに堺とゆっくり話したくなり自然と誘いの言葉が出た。
「ああ。いいですね」
その誘いに堺は軽く応じてうなずいた。マッサーも誘ってみたが「二人でサッカーの話もあるだろうから」と、断られてしまった。きっと、彼には戻る家族がいるのだな、と村越は感じながら堺とともに部屋を後にした。
私服に着替えて並んで歩いていると向こうから世良が走ってきた。
「良かった。堺さん、まだいた」
もう、探したんですよ、と頬を膨らます世良を見て堺がやれやれというような顔をする。
「俺はしっかりマッサージ受けてから帰るの」
「しっかり昼寝もしたけどな」
「コシさんっ」
堺の言葉を村越は混ぜ返すと、余計なこと言わないでくださいよ、とむきになる堺に村越は苦笑を向けた。
世良は二人のやり取りを驚いた表情で見つめている。
「なんだ。珍しいのか」
どう返していいのか困っている世良を村越は面白いものを見るような目で眺めた。
「世良」
「は、はい」
村越に声をかけられると世良は緊張して背筋をぐっと伸ばした。
「堺を待っていたのか」
「そうっス」
世良の顔を見て村越はマッサーが感じ取った堺の変化は世良の存在だと悟った。
二人の前で固まったままの世良の肩を村越は軽く叩くと堺に聞こえないよう耳元で
「世良、うまくやれよ」
と、ささやく。その言葉に世良が驚くのを見てから村越は堺の方へ顔を向ける。
「堺、悪いな。達海さんのところへ報告しに行くのを忘れていた」
飯はまた今度な、と堺の肩を叩く。堺は少し戸惑った表情を浮かべたが黙って村越にうなずいた。
無言のまま、堺は村越の背中を見送った後、成り行きをじっと見ていた世良を見る。
叱られた子供のような表情で世良は自分を見上げているので笑いそうになった。
「おっし。帰るぞ」
堺はがっしりと世良の肩を組む。世良は「うわっ」と、小さく声を上げて前へつんのめりそうになった。
「なんだ。お前、一緒に帰りたくねえのか」
「そんなことないっス」
堺の言葉に世良はとんでもないというように左右に首を振る。そして、ちょっとびっくりしただけです、と付け足した。
「飯を食いに行くぞ」
堺の言葉に世良ははじかれたように顔を向ける。いつもの仏頂面ではない堺の顔があった。
「はいっ」
世良は嬉しさでくしゃくしゃになった笑顔を堺に向けると、堺も同じように笑っていた。
「今日は、世良のおごりな」
「えー。まじっスか」
「コシさんにおごってもらいそびれたから、今日は世良が俺におごるの」
堺は少し値の張るオーガニックレストランの名前を出すと世良が「ひえー」と小さく悲鳴を上げた。
「文句あるのかよ」
愉快そうな堺の声に世良が「何もないっス」と、力なくつぶやく。堺さんは食べ物にうるさいからなぁ、と世良は立ち止まると財布の中身の心配をした。
世良の心配をよそに堺は足取りも軽くクラブハウスから出て行く。
堺さんと一緒だからいいや。
世良は先のことを考えずに堺の背中を追った。
「あれ、堺と世良じゃん」
ベッドの上で胡坐をかいている達海は窓の外に目を向ける。
達海が居座る部屋からの窓から駐車場の二人が見えた。サングラスをかけた堺の表情は分からないが助手席に座る世良の顔は明るく屈託のない笑顔だ。
「あいつら、仲いいのか」
「ええ、悪くないようです」
村越も達海と同じ方向に視線を向ける。