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「……時任」
 手入れをしていたコルト・ガヴァメントの最後のパーツを収め終えてから、久保田はゆっくりと顔を上げた。
「なんだよ、久保ちゃん」
 どこかぼんやりとした口調で応じる時任は、思った通り、何をするでもなく久保田をじいっと見つめていた。強い光を放った瞳は、久保田の長い指が銃の側面を滑るのを追ってはいない。手元ではなく、もう少し上――ちょうど久保田の顔のあたりにその照準が合っているようだ。
 しっくりと手に馴染んだ銃を重さを確かめるように天井に向けて構え、久保田は生返事で、うん、と頷いた。こればかりは集中してやらなければ命取りになる。だから、作業当初から感じていた彼の強い視線を故意に無視してきたのだった。


 久保田が銃の手入れをしているとき、時任がこうして側に寄ってくることは案外少なかった。内心に抱え持っている罪悪感のせいか、行き当たりバッタリを信条としている性格のせいか、彼は久保田の危険に対する警戒心や、過剰に用意周到な部分をあまり面白く思っていないフシがある。
 お前を守るためだよ、と本心を言えば、眉を顰めるだろう。
 自分守るためなんだ、と嘘を付けば、余計に顔を蹙めるだろう。
 だから久保田は、銃の手入れはいつも一人で黙々とこなしてきたし、時任もそれについて口を出してきたりはしなかった。さすがの彼も、理想だけで生きていける世界に自分たちを置くほど愚かじゃない。久保田が人を排除するための準備を見たくないのなら、時任に自分から目をそらしてもらうしかなかった。


 暗黙のルールを破ったのは彼の方だ。
 何か言いたいことがあるのか。そう思って見上げた時任の顔は、いつもの憮然としたそれではなく、久保田は内心首を傾げる。
 強い意志のようなものを感じたのは確かなのだ。ずっと、値踏みするように真っ直ぐな視線が向けられていた。観察――に近かったかもしれない。その行為を隠そうともしない態度は、らしいといえばらしいのだが。
 もちろん、久保田は時任の視線を厭うたことなど一度もない。だが、その意味合いには常に深い関心を寄せていた。彼の発するシグナルを読み違えることを、久保田は密かに恐れている。
 単純なようで、複雑なようで、時任の思考を正確に把握することは難しい。他人の思考パターンを読み解くことで生活費を稼いでいる久保田が、唯一難儀する相手だ。
 それは例えば、占い師が自分の未来を占えないのだというルールに似ているかもしれなかった。
 己の欲が混入したとき、能力は正確さを失う。久保田は金を得ることにさして興味はなかったが、飼い猫の辛そうな表情を見ることだけは、なるべくなら避けたいと思っていた。
 だが、どんなにそうと願っても、己が原因で時任が笑顔を消す瞬間が確かにある。久保田は自分のどこが時任を悲しませるのか、いまだに判別がついていない。それはつまり、改善するための手段を得られないということだった。
 久保田といることでどんなに苦しい思いをしようと、時任は決して離れていかないと今はもう知っている。けれど、側にいてくれるならなおのこと笑顔でいてほしいと思うのだ。
 以来、久保田は頻繁に時任に問いかけるようになった。彼が笑っているとき、怒っているとき、照れているとき。彼の望むもの、拒むもの。その全て。分析ではなく、理解したい――のだと。
 どうか、君をこれ以上悲しませることがないように。

 
 ごとり、と重たい音を立てた銃から慎重に指を引き抜き、久保田は同じくらい慎重にゆっくり口を開いた。
「なあ、お前、どうかしたの?」
「はァ!? ……なんだよソレ」
「だってさっきからずっと俺の顔見てるじゃない?」
「ああ、何だよ、ンなことか。……いいだろ、別に。久保ちゃんだってしょっちゅう俺の方見てんじゃん」
「……ばれてた?」
「トーゼン。まあオレ様の美しーい顔を眺めていたいって気持ちはわかるかんな。寛大な気持ちで許してやってんだぞ?」
「そりゃどーも」
「おう」
 美しいっていうより面白いんだけどね、お前見てると。とは懸命にも声に出さず、久保田はこっそり苦笑した。ご本人様から許可の出た今、遠慮とはいっさい無縁の強い視線で今度は逆に時任の顔を舐め回してやる。
 強気発言でふんぞり返っていた時任は、久保田の熱っぽい瞳に気が付くと、ややたじろいだように背中を引いた。
「な、なんだよ!」
「だっていま、見てもいいって言ったじゃない?」
「言ったけど、言ったけどなァ!」
 久保田が、正面からここまであからさまな視線を向けることは珍しく、時任は慌てたように腕を振り回し、頭をがりがりと掻きむしった。
「あ」
「今度はなんだよッ」
「うん。腕が邪魔でお前の顔が見えないの」
 顔を隠す彼自身の腕をつかみ脇によかす。途端、その手を振りほどかれた。
「あらら」
「か、顔見るのは許可したけど、触っていいなんて言ってねーぞ!」
「んー、踊り子さんには手を触れないでくださーいってヤツ?」
「なんじゃそりゃ」
 取り返した手を胸の中に抱え込み、フーフー毛を逆立てていた時任は、久保田のその一言でぽかんと口を開いた。知らない単語を聞かされたときの猫は、その愛らしさが倍増する。
 禁止されたにもかかわらず、無意識のうちに手が伸びた。半端に開いたままの唇をまずちょんと突いて、それからそっとなぞり上げる。抵抗がないのをいいことにしばらく弄っていると、時任は急に難しい顔になって、次の瞬間、
「あイタ」
「ざまあみろ! 久保ちゃんが悪いんだからな! ダメだっつーのに聞かないからだかんな!」
「だからって、思い切り噛むことないんでない?」
 くっきり残る歯形からは、うっすら血が滲んでいた。
 熱を孕みだした部分に息をふきかけ、久保田は時任の方をちらりと見る。この程度の傷は何でもなかったが、途端に時任が心配そうな目を向けてくるのが面白かった。さきほどから彼は、いつにも増してくるくると表情が変わる。愛おしいイキモノを独り占めするのは楽しいものだ。
 眉を八の字に下げた時任は慌てて久保田の指を引き寄せ、赤く染まった部分を痛ましそうに見下ろした。
「……い、痛むか?」
「そりゃまあ。それなりに?」
「あー、えと、まあ、なんだ。……オレもちょっと悪かった」
 お詫びのつもりなのか、赤く熟れた舌をチロリと出して傷口を舐め取ると、彼は上目遣いに久保田を見上げて照れたように笑った。自分のその行動が久保田をどれだけ煽るか、きっとわかっていないのだろう。
 久保田は諦めたように吐息を漏らした。
「なんだよ、謝ってんだろ!」
「んー? ああ、怒ったわけじゃないって」
「……なら、いいけどよ」
 その言葉ほどには納得していない声音で、しかし時任はあっさりと引き下がった。素直な態度に便乗して、さきほどの質問をもう一度繰り返す。
「で、お前はなんで俺の顔見てたわけ? そろそろ教えてくれてもいいっしょ?」
「う」
「あイタタ。『うーん、指が急に痛み出したなあ』」
「……ッ! そのわざとらしー演技ヤメロ」
「えー、でも痛いのはホントだし」
作品名:視線速度 作家名:せんり