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山手グランギニョル

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山手グランギニョル





――如何してこんなに愛しているのに愛されないんだろう。




がたんごとん、がたんごとん、がたがたがた……。しばしば日常で耳にする音の中、臨也は眼を覚ます。先程から耳に入っている音は、やはり電気で疾走する鉄の箱の成すもので、其れは今も変わることなく枕木を跨ぎ、レイルの繋ぎ目で車輪を研いでいる。其の電車は見たことのない車内だった。少なくとも、臨也が此迄乗ったことのある電車とは全く異なる造りをしている。椅子も床も天井も、全て木で出来ていて、網棚は其の名の通り網で出来ていてだらんとぶら下がっており、また窓も今時珍しい上下開閉式の硝子戸で、博物館に置いてありそうな気さえする、そんな車両。
臨也は、此処は何処だろうかとぼんやり思ったが、あぁ此れは夢だな、とすぐに思う。何日か前にもこんな風景を見たのを思い出したからだ。其の時も今と同じで、車内には誰一人居らず、車外から響く疾走音がうるさく耳に流れ込むのに、何処か、しんと静寂が充満しているような感覚を覚えた。
「全く、一体何なんだい?」
そう大きな声で不満を洩らしてみても、すぅと溶けて消えていくだけ。仕方なく、臨也は振り返って窓の外を眺める。やはり前回同様、其処には闇が広がるばかりで、奥行があるのか、其れともトンネルのような狭い空間なのか把握することすら叶わない。
「……不毛だね」
随分と退屈な夢を見せる己の脳に恨み言をこぼしていると、いつの間にか背後に人が立っているのに気が付いた。鉄道会社に在りがちな制服を纏った車掌らしき姿が己の後ろに立っているのを見留め、……ねぇ、と臨也は声をかける。
「あんた、此処が何だか知ってる?  つか此の夢つまんないんだけど」
そう八つ当りをして、臨也は後ろに立つ人物に向き直る。振り返って初めて、臨也はあることに気が付き、面白そうに口元を歪ませた。
「あれ車掌さぁん、あんたセルティの親戚か何か?」
臨也がそう云う通り、車掌には頭が無かった。否、正しくは顔が無いのだ。セルティ同様、首の付け根までは確かに存在する。けれど首の中程から上が 人の其れとは異なった。移りの悪いテレビのような、ノイズの靄が渦巻いている。
少し笑ってしまうのは、ご丁寧にも靄の上に車掌帽がきちんとのっているところだった。
「さぁ……、自分が何者かも分かりません」
男でも女でもないような、電波の悪いラジオを聞いているような声でそう答えると、車掌は帽子の鍔に手をやり、臨也に軽く挨拶をする。そしてすぐに 口を開く。
「ところで、あなたは一体何処に向かっているのですか? 其処には何が、誰が待っていますか? 其処に希望は、夢は、愛はありますか?」
車掌は淡々と臨也に続けた。初対面にしてはあまりに不仕付けな質問だった。唐突な問いに耐えかねて、臨也が反論しようとした時、不意に肩口に叩かれた感触を覚え、身体が揺す振られる。
「お客様っ、お客様。終点、新宿でございます。最終電車ですので、お早めに御降り下さい」
そう云うのは、きちんと顔のある制服姿の人間。臨也は突然の出来事に状況が呑み込めず、思わず目を見開いて駅員の顔をまじまじと見た。そんな臨也の様子を不審に思ったのか、駅員は「あの、お客様?」と訝しげに臨也を見下ろしている。
「あ……、あぁっ! すみません、降ります降ります」
臨也は慌てて半ば崩れかけて座っていた椅子から立ち上がろうとしたが、体中に痛みが走り、思わず顔を顰める。よろけながらも何とか立ち上がると、「あの、お怪我されているようですけれど……」と云う、心配そうな駅員の視線にぶつかった。其れに臨也は困ったような笑みを浮かべると、「あぁ大丈夫ですよ、イケメンは短時間で復活するんで」と巫山戯たように笑えば、駅員もつられたように表情を緩ませた。
もう一度ホームから、本当に大丈夫ですから、と云い、臨也は階段を上り改札を出る。あんなにお客を心配する駅員なんて珍しい……。そう感心しながら、臨也は事務所に向かって歩を進める。一歩踏み出すごとに其処彼処が痛み、後頭部がジンジンと熱を持っているのが分かった。

「……シズちゃんって、よく分からないよ」
大ガード西の交差点。行きかう車の騒音に紛れて、臨也はぽつりとこぼす。今日も、臨也は池袋で静雄と派手にやり合った。静雄は臨也を見つけると、何時ものように臨也の名前を呼び、如何して池袋に居るのかなどと云いながら攻撃を仕掛けて来る。臨也は臨也で、態と挑発するようなことを云って只でさえ怒りを覚えている静雄を更に煽る。不可ない悪循環だと分かっていながら、長年の習慣となってしまった其れはやめられず、街中で殺し合いを演じた。
そんなことを日常的に繰り返している中、そう高い頻度ではないが、何でもそつなくこなす臨也もヘマをすることがある。怪我をしたり、おくびにも出さないが焦って逃げ出すこともある。そして今日のように、吹っ飛ばされて打ち所が悪く、気を失うこともあった。そういう時、静雄は気を失った臨也をボコボコにしたりしない。「殺す、殺す……」と云っているなら、今が好機とばかりに本当に臨也を殺してしまえばいいものを、そうしない。臨也は、そんな静雄が理解できない。自分だったら絶対に殺してやるのに……。臨也がそう胸の裡で洩らすと、信号が青に変わった。広い交差点を渡りながら、臨也は「シズちゃんて本当、何なんだろう」とまた溜息を吐く。
池袋で気を失ったはずの臨也が新宿に帰って来られた。此れが初めてではない、過去に何度もそういうことがある。其れは、静雄のおかげだった。自分は意識を失っているからよく分からないが、以前新羅やセルティに聞いてみたところ、静雄は臨也が完全に気を失ったのを認めると、臨也を引き摺って、時には担いだりして駅に向かい、律儀に入場券を買い、臨也のICカードもきちんと改札に通して、丸ノ内線の新宿行きに放り込んで出て来るのだ、と云っていた。理由は「ノミ蟲がブクロにいると思うと腸煮え繰り返ったまんまだから」ということらしい。其のようであるから、臨也は今日も静雄によって電車に放り込まれ、まんまと新宿に帰って来られた。其れを何とも複雑な心境で受け止め、臨也は唇を噛む。
「おかげで変な夢見たじゃないかっ」
そう悪態を吐いても、肝心の相手には届かない。池袋と新宿は、随分近いわりに案外遠かった。




がたんごとん、がたんごとん……。聞き覚えのある音に、「またか……」と臨也は眼を開ける。夢の中で目覚めると云う何ともおかしな状況にも、さすがに慣れてきてしまう。やはり其処はあの電車の中で、相変わらず窓の外は真っ暗だ。全く一体如何してこんな夢を繰り返し見るのだろう、と臨也は溜息を吐く。何時も通り、車内には誰もいない。斯うなって来ると何時も座ってばかりだから、たまには歩いてみるかという気になってくる。臨也は席を立つと、両側を見比べる。どちらも車両が果てしなく続いているように見え、此の電車が何両編成なのか見当もつかない。少し迷った結果、臨也は進行方向へ向かって歩き出す。
作品名:山手グランギニョル 作家名:Callas_ma