二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

山手グランギニョル

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

他の車両にも、やはり人はいない。多少座席を覆う合皮の色が違うくらいで、他は殆ど変わらない。実際の電車にありがちな、網棚に残された雑誌や、誰かが置いていった空き缶、云ってしまえば、小さなゴミすらも見当たらない。そんな現実感の無さ、生命感の無さに、臨也は酷い不安感を覚え、「いい加減此の夢が覚めればいい」と、そうならない己の意識を恨んだ。
どれくらいそうしたのか、車両を何両も移動すると、前方に此れまでと違う扉が見えた。
「何だ、違う処もあるじゃないか」
やや呆れ気味にそう云うと、臨也は小走りに今いる車両を駆け抜ける。近付いてきた扉を見ると、「一等車」とある。……へぇ? と声を上げ、臨也はドアノブに手を掛ける。しかし、開けることは叶わなかった。
「お客様、一等車へ行かれる資格をお持ちですか?」
そう云う声と共に、臨也がドアノブに掛けた手に、白い手袋をした別の手が添えられる。臨也が腕の伸びてきた方向へゆっくりと顔を向けると、其処にはあの顔の無い車掌がいた。然して驚きもせず、臨也は小馬鹿にしたように嗤うと口を開く。
「資格? 資格って何?」
「資格は資格ですよ。此れ以上進まれる場合は、如何しても必要になります」
「だから資格って何? ってか、他に誰かいるの?」
的を射ない車掌の答えに苛々を覚え、臨也は仕方なく違う質問を投げかけた。すると、車掌は、えぇいらっしゃいます、とやはり音の悪いラジオから聞こえて来るような声で云うと、するりと一等車の扉を開く。其処を覗き込んで、臨也は思わず閉じていた口をだらしなく開き、声を洩らす。
「……は?」
現実で云うグリーン車のような作りをした一等車には、金髪の後頭部が見えた。大きな背、其の背の割には細身の体。間違いない、其処に居たのは臨也が嫌いで嫌いで仕方のない人物、平和島静雄だった。 ……何で、シズちゃんがいるのさ、と辛うじて思ったことを口にすると、車掌は「何を今更分かり切ったことを」と云いた気に少し笑うと、資格をお持ちだからですよ? と臨也に答える。
――何なんだ此の夢は……。何も云えず、ただそんなことを思いながら、臨也はぴくりとも動かない静雄の後頭部を見つめる。すると、そんな臨也に横に突然誰かが立った。
其れは田中トムだった。トムは臨也には見向きもしないで、一等車の入り口に立ちはだかるようにして立つ車掌に向かって歩いていく。 ……其の儘だとぶつかるのに、何してんだ? と臨也はトムを訝しむように見つめたが、トムは何の躊躇いもなく車掌に向かっていく。そして、其の儘車掌をすり抜けた。そうして何事もなかったかのように静雄の方へ歩いていく。其れを目の当たりにし、けれど「まぁ此れは夢だから」と納得し、臨也はもう一度、資格とは一体何かを車掌に訊ねる。
「俺や静雄にあって、あんたにはねぇもんだ」
そう云う車掌の顔は、何時の間にか田中トムの顔になっていた。其れにはまた、此れは夢だから、と臨也は然して動じることは無かったが、田中トムの声で紡がれた言葉は酷く癪に障った。
「シズちゃんにあって俺に無いものって何だよ……」
そう呟く臨也の横を、今度は幼い少女が駆け抜けていく。粟楠茜だった。茜は一瞬臨也のことを気にするように振り返ったが、すぐに向き直ると其の儘トム同様、車掌の身体をすり抜け、一等車へ入って行く。するとやはり先程と同じように、車掌の顔が変わる。
「イザヤお兄ちゃんは、大事な人、いる?」
そう云うと、茜の顔をした車掌は小さく微笑んだ。何処か含みのある笑みだった。臨也は何か云おうとしたが、車掌の肩越しに見える一等車の中に、新羅とセルティの姿を見出し、出かかった屁理屈を飲み込む。
気が付けば、静雄の周りには人が溢れていた。此方に背を向けて座っている静雄の表情は見えないが、たくさんの人に囲まれて何か話している静雄の様子は何処か仕合わせそうに見えた。臨也が何とも云えない気持で其れを眺めていると、新羅と眼が合う。新羅は静雄に一言何か云うと、臨也の方へ向かってきた。
車掌の身体に新羅が重なると、今度は顔だけでなく、車掌は新羅、其の人になった。新羅は何も云わずににっこりと臨也に微笑む。
「ねぇ新羅、資格って何?」
新羅の笑顔に何処か安心感を覚え、臨也は少し頬を緩めると、抱えている疑問をぶつける。新羅は、あぁ! と云うと、君持っていないのかい? と聞き返してくる。
「だから其の資格ってのが何なのか分からないんだよ」
そう云えば新羅は、大方の人間は誰しもが持っているものだね、と答える。
……大方の人間は持ってるもの? だけど、俺は持っていない? あのシズちゃんにはあるのに? そう考えると、臨也は腹が立った。化け物じみた、あの平和島静雄に自分が劣っている。そう云われたようなものだ。其れは、如何しても許せない、忌々しきことだった。臨也は突発的に、新羅の白衣の襟を両手で掴むと其の儘近くの壁に新羅の背中を押しつけた。
「……俺に無いものって何だよ、シズちゃんにはあるのに、俺に無いものって何だよっ!」
臨也はそう叫ぶように、新羅に詰め寄る。背中を強く打ちつけた所為で、新羅は暫く苦しそうに咳き込んだ。其れが治まるをもどかしく待っていると、新羅が苦しそうに口を聞き始める。
「臨也は……、臨也は誰かを大事に思ったことがあるかい? 呼吸が乱れるくらい其の誰かが溢れたことがあるかい? 涙を流したことがあるかい? 誰かを、……愛したことがあるかい?」
そう云うと、新羅は己の襟を掴む臨也の手をゆっくりと外す。臨也は新羅の言葉をゆっくり噛み締めると、先程の茜の、「大事にな人はいるのか」という言葉を思い出す。そして、「自分や静雄にあって臨也に無いもの」というトムの言葉を思い出す。
「資格? ……資格ってそう云うこと? だったら俺にだってあるじゃないか。俺は人間が好きだ、愛してるっ!」
欲しいものを手に入れた子供のように嬉々として臨也は叫ぶ。けれど、新羅は憐みの色を帯びた視線を寄越してくるばかりだ。其れに、……何? 何だよ新羅、と臨也が眉根を顰めると、後ろから「其れだけじゃ駄目なんだ」と聞いたことの無い女の声がした。
振り向くと、其処にはセルティがいた。何時もの黒いライダースーツ姿だったが、首の上には頭が乗っていた。臨也が隠し持っている、セルティのあの首が、其処にはきちんと乗っている。眼を閉じた儘の其の首が口を聞くのを、臨也はやや興奮気味に見た。
セルティが覚醒したら、本来のデュラハン、ヴァルキリーとしての力が目覚めたら、如何なるんだろう。そんな今は関係の無い期待に胸が膨らみ、臨也はセルティを面白そうに眺めたが、すぐに顔を強張らせた。
「お前は、愛されているか? 誰かに、愛されているか?」
セルティの首はそう云うと、口元を歪ませるようにして嗤う。臨也を小馬鹿にしたような笑みだった。
「……如何いう意味? 俺は愛されてないって云いたいの?」
そう問い返す臨也に、セルテイは相変わらず目を閉じた儘、口元に笑みを浮かべているだけだ。其れに苛立ちを覚えながら、臨也は続ける。
作品名:山手グランギニョル 作家名:Callas_ma