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Sitting, Waiting, Wishing

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(雨)

 そんな予感はしていた。
 イギリスはぼんやりと空を見上げる。小粒の雨がぽつぽつと落ち、あたりの土を黒く湿らせていく。見ているうちにみるみる暗い雲が育ってきて、あっという間に辺りは黒で塗りつぶされてしまった。空気が冷たい。降る雨も冷たい。これはしばらくは上がらないだろう、と判断して、イギリスは手に持った小さな剪定鋏をあきらめてだらりと指にぶらさげる。
 あーあ、今日は久々に花壇の手入れをしてやるつもりだったのに。
 どこか他人事のように思いながら、イギリスは棘だらけのばら園に密かに通してある作業用路の中程で立ち尽くした。まるい雨粒が鮮やかな発色の葉や花弁を濡らし、伝い、いくつも地面へ落ちていく。葉や花が雨粒を受け止め、その重みに耐えきれなくなるまで。雨粒の表面が映し出す世界が揺らぎ、あふれ出て、そこからこぼれおちるまで。その顛末をじっと見つめていると、自分の前髪からも同じように雨粒が地面へと落ちた。

(今日も雨)

 イギリスは剪定鋏を手の中でくるりと回して、刃の閉じた状態で留め金を固定した。あらためて柄を握り直し、踵を返す。地面を踏みしめる感覚は湿っていた。ところどころ行く手を邪魔する枝や茎たちを白い軍手でていねいに押し分けて、一歩ずつ来た道を引き返す。裏道を抜けると足下は煉瓦造りになる。イギリスの足が煉瓦を蹴るたび、黒い土が沈床の赤を汚した。それを雨が洗い流していく。雨は激しさを増すばかりで、止む気配がない。
 そんな予感はしていた。
 イギリスの悪い予感は、そのだいたいが当たってしまう。

(明日も
あさっても
しあさっても雨)

 小さな噴水を横切って、整えかけのアーチをくぐる。

(きのうも雨)

 白いシャツがもうびしょ濡れだった。

(おとといも)
(その前も)

(あの日も)

 ルーフの備え付けられたテラスへたどりついたときには、イギリスの全身は冷えきっていた。強い雨のせいでうまく目を開けていることもできない。水を吸って重くなった作業用軍手を外すと、赤く冷えた指先で濡れた金髪を乱暴にかき乱した。そのまま顔の水を拭う。拭っても拭っても、水は滴り落ちることをやめなかった。シャツを脱いでしまい、両手で絞り上げると出た水が靴を濡らしてしまった。靴の中で、足は冷たくかじかんでいる。冷たいシャツを頭に被せていると、だんだんはっきりと目を開けられるようになってきた。
 けれど見たくなかった。
 あの日もこんなふうに、強い雨のせいで前がよく見えなかったのだ。赤と青の軍服、金色の髪、青い眼。どんなに目を凝らして見ようとしても、その表情は曇ったまま、イギリスに背を向けて遠ざかるばかりだった。そして今に至るまで、彼は暗い雨雲の先へ行ってしまったまま戻ってこない。


作品名:Sitting, Waiting, Wishing 作家名:iyd