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習作 弐

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ぺと、と舌先が触れたのは、緩んだ燈治の口元で。舐め上げた舌先に僅かに感じた甘さは、彼が食後に飲んでいたミルクコーヒーの名残か、否か。妙に暖かく柔らかい感触をついべろりと舐めてしまったのは、あくまでも出来心――むしろ事故だと思いたい。
ごくりと己の喉が鳴る音が鼓膜の裏に大きく響き、千馗は一瞬硬直した。硬直した瞬間、かっと顔が熱くなったのは――決して錯覚ではあるまい。
――俺は、今、何をした?
「ん、・・・・ん?」
ずるり、とバランスを崩しかけた態勢に気付いたものか、不意に燈治が不明瞭な声を上げて頭を擡げる。ゆっくりと瞬きを繰り返す瞼の動きを眺めていると、思いの他睫が長いことに気付く。出会ってから然して長い時間が経っている訳ではないが、こうしてまじまじと眺めているといい男だなあ、と漠然と思い、あれ? と千馗は首を傾げた。
――何考えてんだ、俺。
何かがおかしくないだろうか。
「・・・・・・・・千馗?」
千馗が己の思考に対し自問自答を繰り返しているすぐ傍で、燈治が甘えたような声で名を呼ばわる。恐らくは寝惚けているのだろうが、――何故この状態で鼻にかかったあまい声を出すのだろうかと喚き出したい衝動に駆られ、いやちょっと待て、と千馗は己の思考を強制停止させた。
先刻の自分の行動と思考を照らし合わせると、考えるまでもなくひとつの結論に行き着いてしまうことに唐突に気付いたのだ。
燈治は相変わらず眠そうな目付きのまま、どうした、と千馗の顔を覗き込んでくる。手の甲で目元を擦る仕草は子供のそれを思わせて何処か可愛らしく思えるのだが、そもそも自分より大分図体の大きな男に対してその感想は少々間違ってはいないだろうか。
そんな突っ込みを自分自身に返しつつ、しかし思いの他千馗は冷静だった。薄らと心中に蟠っていたものが――或いはそれは自覚すらしないような、本当に希薄なものであったのかもしれない――漸くひとつのかたちを得ようとしているような、そんな奇妙な感覚ばかりが千馗の中で大きくなっていく。それはまず間違いなく、一般的な常識の範疇からははみ出しているものなのだけれど。
「・・・・なぁ千馗、おまえ、さっき俺に何かしたか?」
「へ?」
悶々と思考を巡らせていた千馗は、欠伸混じりに燈治が呟いた言葉にぎくりと背筋を震わせる。まさか目覚めていたのか、と頭の片隅で呟く己の声に含まれていたのは、焦燥と罪悪感。これじゃ寝込みを襲ったも同然じゃないか、と漸く気付く辺り、どうにも志向があっちこっちへ飛んでいる。それでもやはり、後悔などないのだから性質が悪い。
思わず口篭ってしまった千馗の様子に気付いたものか、燈治の眉間に皺が寄る。一瞬、千馗はこの場を逃げ出してしまおうかとも思ったのだが、――今は授業時間中である。千馗が逃げ出せば燈治は全力で追って来るに違いないが、教師に見つからずに逃げ切ることはまず不可能だ。
咄嗟に事故だ何だと言い訳をすることも考えたが、事故だと主張するのであれば自分が何をしたのかを説明する必要がある。しかし燈治自身は、果たして其処まで気付いているのか否か。
「・・・・・・・・・・・・」
そろり、と間近に迫る燈治の表情を上目遣いに伺えば、言え、と促すような視線が突き刺さる。加えてさり気なく首根っこを掴まれている事にも気付かされ、千馗は仕方が無いと腹を括った。
ええいままよ、と腹の底で唸りつつ口から飛び出した言葉は。
「・・・・燈治、キスしよう」
取り敢えず、千馗としてはそれが今言える、一番素直な一言だった。
薄々気付いていた己の感情は、酷く漠然としてはいるものの間違いなく好意で、だからこそ千馗は躊躇いなく燈治の口元を舐めてしまった。それは感情表現と呼ぶには余りにも拙い行為ではあったが、取り敢えず己の感情に嘘はつきたくない、と強く思う。
結果として燈治に殴られようが嫌われようが、それはそれで仕方が無い、と一瞬で腹を括った己の潔さ(と言う名の諦観)に少々呆れつつも、千馗は燈治の返答を待った。
――確かに、漸く自覚した感情が好意であるとは言え、燈治の意思を無視してまでどうこうしようなどとは思わない。
自覚と同時に行動に出る辺り、随分と現金だなあとは千馗自身も思うのだが、逆に考えれば自覚したからこそ行動に出る切欠を得た、とも言えるだろう。既に千馗の中では、行動に伴うべき理由が確定してしまったのだから。
後は、――燈治がどう出るか、なのだが。
流石に寝起きのぼやけた頭で素っ頓狂なことを言われた所為だろうか、燈治は暫しぼんやりとした眼差しで千馗の顔を覗き込むばかりだった。だが、千馗の首根っこを押さえる手は一向に緩む事無く、睨みつけるようは視線と共に眉間に寄せられた皺は深くなるばかりである。
先刻の己の行動と言葉を思い返せば無理もない、と千馗自身、今更のように赤面して首を竦める。やはり冷静なようでいて随分混乱していたんだなあ、と他人事のように独りごちた千馗は、不意に視界が暗くなったことに気付いて顎を上げた。
途端。
――燈治の顔が、降ってきた。
「ふ、・・・・・・・・く、う?」
何の前触れもなく口元に暖かく柔らかいものが触れ、同時に無防備に開いた唇に硬いものが食い込む。痛みはない、痛むほどの力は込められてはいない。呆然と見上げた先には半ば伏せられた燈治の双眸が迫り、睫の落とす影の透き間から覗く視線は真っ直ぐに千馗を射抜いていた。
その時になって、漸く千馗は自分が口吻けされていることに気付いた。一瞬、これは何だろうと考えてしまったのも無理はない。燈治は――何故か真顔で千馗の首根っこを引っ張り上げるなり、がぶ、と音を立てるような仕草で噛み付いてきたのだから。
何度も何度も、確かめるように唇を食まれる。硬い歯が唇に食い込み、痛みを覚える寸前で離れては、また少し違う箇所を噛まれることの繰り返しに、ぞくぞくと背筋に悪寒のような震えが走り、千馗は思わず燈治の胸元を締め上げるように握り締めていた。
驚きの余りに身動ぎすら出来ない千馗を置き去りに、燈治は一頻り甘噛みを繰り返した後、漸くそろりと顔を離した。互いの唇が妙に赤く充血し、唾液に濡れる様を呆然と眺める。燈治は暫く吐息がかかるほどの至近距離で千馗の瞳を覗き込んでいたが、やがていつも通りの悪童めいた笑みににやりと唇を歪めて見せた。
「・・・・やられっぱなしは好きじゃないんでな」
何事も無かったかのように、或いはそれが当然であるかのように呟かれた言葉に、千馗は空いた口が塞がらない。
――それって、つまり。
「・・・・起きてたのか」
「半分寝てたけどな、・・・・舐められて、起きた」
「嫌じゃ、ないのか?」
「何ならもう一回しとくか?」
「・・・・・・・・・・・・」
こつん、と額を押し付けられて、次いで鼻先に口吻けを落とされた。にやにやと笑う燈治の表情に迷いや照れはなく、むしろ清々しいほどだと千馗は思う。嫌な訳がない、もっとしたいと漠然と思うが、――それを声にする程の余裕が千馗には無かった。
代わりに鼻先を摺り寄せてやると、擽ったいと言って燈治が笑う。くしゃりと髪を撫でる彼の掌が自棄に優しくて、その感触に、千馗は酷く安堵した。

作品名:習作 弐 作家名:柘榴