【サンホラ】覚醒夢
目を開ける。自分の悲鳴で目を覚ますなど、珍しいこともあるものだ。
額にくっ付いた前髪を剥がす。冷や汗で寝間着が湿っていた。悪夢に体力を奪われたのか、身体は重かったが、着替えないと風邪を引く。
そっとベッドから抜け出す。両側で寝ている二人が起きていないということは、私は叫んだわけではないらしい。二人は私の腕に巻きついていて、剥がすのに苦労した。
服を脱いで、近くに置いてあったタオルでさっと拭いた。タオルが変に温かく感じるのだから、私の身体はそうとう冷えているのだろう。適当なものを着て、台所まで降りていった。本当に叫んだように喉が渇いていた。
水道水は思ったより冷たく、すっかり目が覚めた。だが、元より寝なおすつもりはない。コップを置いて、目を覆った。
恐ろしい夢を見た。今まであれほど鮮やかな夢はなかった。
私は、なんと恐ろしいことをしていたのだ。弟を、はっきりと殺そうとしていた。それ以上に兄を殺していた。妹だとて、もしかしたら私が殺したのではないだろうか。
夢は、自分の潜在意識が具現化するという。また、過去に見た映像が現れるとも。
では、私は、無意識のうちに家族を殺したいと思っているのか。今日まで愛しく、いとしく思っていた三人を、死に至らしめたいと思っていたのか。
吐きそうになる。もう一度水を飲んだが、吐き気は収まらなかった。
私にその様な感情があるのなら、それはなんとおぞましいことだ。しかも私は、最後にエレフに殺されるのだ。これも望んでいるのだろうか。彼はまだ八つだというのに、あの無垢な子供を殺人者にしようだなんて!
今度こそ、吐いた。私はとてもおぞましい。出来ることならこの場で命を絶ってしまいたい。
もし、私がそんなことを望んでいないのだとしても。それでは私たちはすでに殺し合ったというのか。それとも未来に殺し合うというのか。
ああ、それも耐えられない。
「あにうえ」
心臓を掴まれたような気がした。驚いて振り返る。心配そうな顔の双子がいて、戸口からこちらを恐る恐る見ている。薄暗い中で彼らの透明な紫に射竦められて、視線を外せない。取り繕おうと笑おうとして、上手くいかなかったと自分で分かる。二人はますます心配そうな顔になってしまった。
大丈夫だからと、慌てて手を振る。今の私は、ひどく混乱している。おぞましいのだ。この二人と一緒にいてはいけない、だからどうか離してほしい。
だが、私の思いを知らない二人は、たっと駆け寄ってくる。服を掴んでミーシャが泣きだす寸前の声を出した。
「にいさま、どうしたの?」
「あにうえ、大丈夫?」
言いながら、エレフは泣き出した。つられて、いつもはお転婆に走り回っているミーシャも泣き出しそうになる。服を強く握られて、何かが壊れる。
ああもう、私は愚かだ。
ばっと、二人を抱きしめた。堰を切ったように涙がとめどなく溢れてくるが、身体全体を支配しているのは愛だった。愛しくて堪らなくなる。
「どうしたの、にいさま、痛いの? 何処?」
「くさい……。吐いたの? あにうえ」
違う。違うよと。双子を強く抱きしめて泣きじゃくる。夜だというのに憚ることをしなかった。
二人はなお、悲しいの、苦しいのと訊ねてくる。よしよしと、頭を撫でながらエレフは泣くのを我慢しだした。ミーシャは背中に腕を回してきて、痛くないよと、撫でてくれた。
違うのだ。どうしたらいい。どうやって伝えたらいい。私が今、無性に二人に救われていることを、どうしたら二人はわかってくれる。
今、私は愛しくて、嬉しくって堪らないのだ。二人の優しさをはっきりと感じている。ちゃんと抱きしめ合える。温かい二人を感じられる。ここは、夢の中のような凄惨な戦場ではない。
泣き止まない私に焦れて、双子も泣き出す。必死にしがみついて、わんわん泣く。二人から溢れる涙はとても熱く、私はどうすることも出来なくて、しっかりと二人を抱きしめた。二人は生きている、誰一人として死んでいない。
殺意願望などという恐ろしい感情が占めているかもしれないのに、私はこの腕を解くことをしたくなかった。心は未だに愛しいと叫び続けている。愛している。愛しているのだ。私は彼らを喪いたくなんてない。殺したくなんてないのだ。
ぱっと明かりが点く。明順応していく視界の中に赤い髪を見つけて、ああと、ほっとした。泣き声を聞きつけて、心配してくれたらしい。この人も優しいのだ。そして私は、生きている兄の姿を確認するとさらに泣きじゃくるのだ。