二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

your little light

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「……誕生日、なんて」
 ばかばかしい、とひとり呟いた声は、やけに広い部屋の中に直ぐに響き渡ったのに吸い込まれてしまうことはなくて、ベラルーシは思わず天井を見上げた。そうしてもう一度、漂う余韻を打ち消すために小さく同じ言葉を口にしてみる。
「誕生日なんてばかばかしい」
 けれども結果は同じに終わってしまい、毛足の長い絨毯を睨み付けてみても、音の反響、空気のかすかな、しかしだからこそベラルーシを苛つかせる振動はすぐには鎮まりそうになかった。
 誕生日といっても、結局はただの休日なのである。おまけに、上司からもらうこの休日をベラルーシはいつも上手くやり過ごせない。誰も見ていないのをいいことに今まで座っていたソファに身体を横たえると、腰のリボンに違和感を覚えたのですぐに解いてしまった。それなのに、兄に会いたい、と場違いなことを思った。
 ベラルーシを構成する要素の多くは、実のところ姉への対抗心から来ている。ロシアちゃん、ロシアちゃん、と泣きながら、むしろ兄に守護すべき対象として捉えられていた姉は、ベラルーシにはいつだって酷く疎ましく思え、そのくせ意識せずにはいられない相手だった。足を隠す程のスカートも、レースのリボンも、伸ばした長い髪も、本当は兄を守るのに――兄の隣りに立つのには不必要だった。しかしベラルーシはそれらを選んだ。選ばざるを得なかった。
 昨日、その姉も自分と同じようにひとりで無聊を持て余していたのだろうか、という考えが頭の隅を掠めて、すぐに消えた。
 姉のことだ。兄に会いたい、と駄々をこね、周りになだめられ、祝いの言葉をかけられ、涙の中にも笑顔を見せ、「本当に」嬉しそうにしていたのだろう。もしかしたら兄の許へ行ったのかもしれないし、行かなかったかもしれない。仮に訪れたとして、姉が兄と相見えた時間は1分にも満たなかったに違いない。
(自業自得だ。――それに、完璧に矛盾してる)
 国である自分たちの身にままならないことがいくらでもあるのは承知の上である。けれども、本当に兄に会いたいのなら、兄を選ばなければならない。それすらも姉は理解していないのだ、と思うと、知らず小さなため息が零れた。姉のためのため息など、「誕生日」以上にばかばかしいものだというのに。
 首を横に振り、纏わりつく姉の影を追い払った。
 会いたい、と思う。
 こんな中途半端な気持ちのままでは会えない、と思う。
 部屋の扉が小さく軋んだ瞬間、ベラルーシは反射的に身体をまるめ、目を出来るだけきつくつむった。日々面倒な手入れを欠かさないおかげでさらさらの手触りを保っている髪が、表情を隠すように頬も肩口も通り過ぎて銀色の帳となる。
「兄さん、」
 いやだ。今の自分の姿を見られるのは、絶対に、いや。なのに呼んでしまう自分が求めているのは、誰?
 厚手の絨毯のせいで、足音はことごとく吸い込まれてしまう。そのせいで、気配は一瞬にしてベラルーシに面したかのように思えた。ここにきて違和感を覚えた彼女は、うっすらと瞼を持ち上げる。すると一面のカナリーイエローが、網膜を同じ色に一瞬で染めてしまった。
 ひまわりだ、とベラルーシは思った。抱えきれない程のひまわり。寒さとは無縁だという顔をしているくせに、兄にはけして振り向かない、憎たらしい花。そうしてようやくベラルーシは茶色くまだ熟していない種を見る。緑色のいかにも強そうな茎を見る。しかし茎をまとめているはずの腕を見る前にそれは解けてしまって。黄色の大きな花が赤い絨毯の上に一気に散らばった。
「あっ、うわっ、ごめんねベラルーシ。今、片付けるから、――ベラルーシ?」
 姉は涙を流していなかったし、弱り切った表情を浮かべてもいなかった。だからベラルーシには自分の目の前に立っている人物が姉なのだとしばらくの間気付けなかった。いつもと違い、姉はただ大きな瞳をじっと凝らし、ベラルーシを静かに見ていただけだった。これだけ大きな目なのに、どうしてか、表情がひとつも読み取れない。
「あなた、泣いてるの?」
「!わたしはっ」
 ふだんあれだけ派手に泣き顔を見せている姉の涙脆さは理解していたつもりだった。が、どうやら姉の中の「泣く」の範囲もベラルーシの想像以上に広いものらしい。勝手に決め付けられてはたまらない、と腕で目尻を擦り、ごまかすようにきつい表情を取り出す。
「……何の用」
「ええと、ね、お姉ちゃん、ロシアちゃんに会いに行く途中で、ね」
「兄さんに?」
 ばらばらになった花束を集めながら、姉は早口で説明した。あまり上手くない説明だった。
「本当は昨日行くつもりだったのよ。でもだめだって止められて、わたし、なら今日はどうですかって聞いたら、なんとかほとぼりがさめたみたいで、うなずいてくれたひとがいた。だから、ベラルーシと行こうって思って。あ、ベラルーシの家のとなりに花屋さんあったでしょう。あそこのひまわり、全部買ってきちゃった」
 ごめんね、迷惑だったよね。そう口にしはじめたころには、姉の目元にいつものようにぼやけた液体が浮かび上がろうとする気配が現れた。それに耐えられずにベラルーシは慌てて姉の服を掴んだ。
「なんで、わたしを」
 答えを求めていたわけではない。それどころか、ベラルーシはむしろ姉が言葉に詰まってくれるのを望んでいた。
「だって、あなたは泣くじゃない」
「は?」
 なのに姉は、さらりとその言葉を口にした。
 どこからか取り出されたリボンでひまわりたちが束ねられ、抱えあげられるのかと思いきやそのまま脇に追いやられた。部屋が暑いわけではない。ウオツカを口にしたわけでもない。なのに頭がくらくらして、上手く呼吸ができない。いったい、この女は何を言っているのだろうか。分からない。分からないことに、耐えられない。
「なんでわたしが泣くの。わたしは泣かない。泣くのはいつだってあんただもの。なんで、わたしが、あんたに」
「ねえ、ベラルーシ」
「何よ!」
「ロシアちゃんに会いたいのは、お姉ちゃんのただのわがまま。でもね、あなたに泣いて欲しくないのはね、わたしがベラルーシを」
「すきだから、って?」
「ふえっ?!」
「……同じことじゃないの」
「え、そっ、そうかな?」
「そう」
 堪え切れずに言葉尻を奪ったベラルーシに、まるきり虚をつかれたらしい姉は言葉に詰まって、油を差し忘れた機械のようなぎこちない緩慢さで首をかしげた。まったく、とベラルーシは心の中だけでぼやく。これだから、自分の思うがままに行動しているこのひとはいけないのだ。だからときに、あきれるほど行動が読みやすい――同じくらい混乱させられるときも多い。
 例えば今だってそう。ベラルーシにとって、「すき」という言葉が軽々しく口に出せるようなものではないことなど分かりきっているであろうくせに、姉はその台詞を吐き出そうとした。ベラルーシが先を読んだようにも見えるけれど、本当は姉がベラルーシに言わせたのと同じこと。兄に会いに行こうとしたことだってそうだ。ベラルーシがここでひとり思い悩んでいる間に、彼女は泣いて、だけれど望みを叶えようとして、今ここに立っている。
 姉を、見上げる。
「姉さんが言って」
「え?」
「すきって」
「え、ええ?!」
作品名:your little light 作家名:しもてぃ