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きょうだいでいるということ

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 ねえ、兄弟。僕の愛しいアルフレッド。
 きみはどうして僕より大人になってしまったの?

 半フィートも高いところから、きみの碧い目に写るのはどんな世界?
“きみの景色の中にはなにがあるのか。”
 きみの見るもの。触れるもの。感じるものたち。教えてほしいと思う日が来ること、誰が予想できただろう。いつも一緒だったから、きっと同じものを見ているんだと信じて疑わなかった、僕は。
 同じ高さから空を見ていたじゃないか。番いの手のひらで彼に触れていたじゃないか。きみも僕も、寝転びでもしなきゃお互いのつむじは見えなかったじゃないか。
――僕からはまだ、見えないのにな。

***

 あしたはどこからやって来るんだい、とアルフレッドが聞いたとき、アーサーさんは考える仕草をしてから、
「俺の家に世界で一番早く明日を迎える場所があるから、そこに立っておけばいい」
 と言った。
「アーサー、言っていることがよくわかんないんだぞ」
「ま、今度地図見せてやるよ。そうしたら、そのときにまた教えてやる」
 おやすみなさいとあいさつをして、アーサーさんの出ていった暗い部屋で、ぼくはアーサーさんとアルフレッドの言葉を思い返す。
 あした、は、どこからくるの?
 知りたいのは、明日がくる場所なんかじゃなく――
「ちがう」
 シーツの中からぼそりとつぶやく声が聞こえてぎょっとしたぼくは、ひゃあっとシーツに潜り込んだ。
「あ、アルフィ、びっくりさせないで……」
「ねえマット、だってそうだろう?」
 ぼくの頭からシーツをはがして青い目がじっとこちらを見つめていた。
 あしたはどこからくるのか、聞きたかったことは彼には伝わらなかったけれど。
“あしたはどこからくるの?きょうはどこへいくの?”
“ぼくたちがねむっている間にあしたがくるの?”
“ねむらなければこないの?”
“あしたがきょうを食べてしまうの?おねぼうした日の朝はどこにいってしまったの?”
“きのうはどこにあるの?きのうはもういちどこないの?”
「うん、聞きたかったこと、ちがうのにね」
 ぼくが言うと、アルフレッドは、やっぱり、という風に笑って、
「ああ、全くちがうんだぞ」
 満足そうにおやすみと言った。ぼくもおやすみを返して、はがされているシーツをかぶり直した。
 ぼくたちの考えていたことはきっと同じだ。ぼくも、アルフレッドも、たとえ何も言わなくても分かるもの。だってぼくたちはこんなに近い。こんなにも、兄弟だ。

***

 いま、きみは僕の金色のつむじを見下ろす。
「きみのように好き嫌いをしていないのに。いたずらだってしないのに。わがままを言わない、きみを叩かないし、連れ回さないし、それにちゃんとアーサーさんの言うことをきいているのに」
 あれやこれやと詰め込まれてぱんぱんに膨れ上がったところに、乱暴な足を叩きつけられてトランクは悲鳴を上げているようだった。がん、がん、と押さえつけられ、とうとうトランクには鍵が掛かる。そんな行儀の悪いの、アーサーさんに叱られるよ、と言ったらきみはもっと強くトランクを蹴り飛ばすだろう。アルフレッド、きみはどうして、とそこでため息をつくくらいの諦めの覚悟が無い僕は、アルフレッドが一番苦手としている僕の、一歩も引かないぞ、という顔を崩さないよう、くちびるの端に力を入れた。
 いつしか僕たちの部屋が分かれて、一緒に眠ることはなくなった。与えられた一人分の空間に、それぞれが好きなものを飾っていったら、全然違う部屋がふたつ出来た。ものが少なく片付いた僕の部屋と、本やコンパスやインク瓶や拳銃がごちゃごちゃと散らかった兄弟の部屋。入る度に一度はなにかに躓いたその部屋は、今日はとても片付いているけれど、そのたくさんのもの達は仕舞い込まれるべきチェストにも本棚にも戻されず、まとめて彼のトランクに入っていた。わずかながらくたと、ごみと、空の箱や本棚だけ、用途の絶たれた寂しさを主張するみたいに転がっていた。
「何が言いたいんだ、マシュー」
 捲りあげていたシャツの袖を戻して、僕より頭ひとつ大きい兄弟は、文句があるなら聞くけれど?とでも言いたげな顔をする。年齢を経て頬の丸みが取れた、かつてはただただ無鉄砲に冒険好きな笑顔をよく作っていた顔は、精悍さが増していた。賢そうな青い目を、昔より色の褪せた金髪がちらちらと遮る。
 ああ、きみの顔といったら!聞き分けのない相手を見るように、やり切れなさをそれと同じくらいの諦めで塗りつぶしてため息をついている。
 いつの間に、こんなきみになったの?
 まるで僕らは、いつもの僕ときみだった。立場がそっくり入れ替わっていること、それ以外は。笑い出したいくらいに僕らはいつもと対称の場所にいる。
 まだ、こんなところは鏡合わせなのに、どうしてなのだろう。着る服はもう、交換できなくなってしまった。彼が与えてくれるものを着る僕と、自分で見繕ったものを着崩すきみ。僕はジレの裾をきゅっと掴んで、彼に言葉をぶつけた。
「どうして、きみは僕より大きいの? どうして僕より強いの?」
「大きくなりたいと願ったからさ」
「僕がお兄ちゃんじゃ、なかったの?」
「……兄の方が大きい時間は終わったんだよ、俺たち」
 だんだん、彼に似てきたんだね、きみ。
 兄弟が忍耐を憶えてゆく姿に、尊敬と寂しさを込めて僕は心でつぶやく。本当はただ、大人になっていくだけのことだったというのに。僕の知っている大人は、そのときはまだ彼しかいなかったし、その彼は本当の意味で大人とは言えなかったのだけれど。