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きょうだいでいるということ

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 彼――親愛なる気高いアーサー・カークランドは言っていた。
 お前はいい子だ。ずっといい子でいるために、他の奴らの言うことに耳を貸してはいけない。俺と共にあれ。俺の手を離すなよ。
 誰よりも恐ろしい、誰よりも気高い、誰よりも愛すべき人はそう言っていつまでたっても不器用さの抜けない手つきで僕の頭を撫でてくれた。他のことをする彼の手は、社交的な場なんかでの彼の所作と言ったら見惚れてしまうくらいしなやかで紳士的で優雅なのに、自分を装う必要のない場所での彼の手は驚くほどたどたどしい。彼は決まって、いつもいつも煤と雨と香水の香りを纏っていた。潮風にもまれてここへやってきているのに、不思議と彼から雨の匂いが消えたことはない。手のひらの温度は日によって変わった。冷たいときは疲れている、温かいときは場を楽しんでいるか、そうでなければ調子が悪いのをかくして僕たちの相手をしている。そういうことを、彼の口よりもよく僕に伝えてくれる大切な手だ。
 毛程も僕のことを疑わずに――疑っていたなら彼の目には必ず凄みと陰りが増すということを僕は知っていた――ほっぺたの横の髪ごと両手で僕の顔を包んで、やさしくやさしく噛んで含める声の、潤いが足らずにかすれたところに、彼の欲しくても手に入らないもの・足りないもの・埋められないものが確かにあった。なにが足りないんだろう、と思った言葉は怖くて口にできたことがない。何でも持っている彼に、欠落を感じた自分を僕は叱った。
 彼は僕たちにとって世界の全てだった。与えてくれるのはいつも彼だ。養ってくれるのもまた彼だ。自分がたくさん持っているからひとに与えられるんだもの。その彼になにが、これ以上なにが必要だと言うんだろうか?
 でも、否定してもやはり彼の欠落はそこにあった。理由を挙げればきりがないけれど、こうして目の前で兄弟が荷物をまとめている原因は、その欠落が巡り巡って形になったものかもしれない、と思うとなんだか胃のあたりがぎゅっと縮んだようだった。
 顔を合わせる毎に少しずつずれていく二人を、ずっと見てきた。
 アルフレッドはどんどん遠くを見るようになった。背が高くなって、僕の読めないような難しい本を読むようになって、僕の取れない高いところにある物を取ってくれるようになった。
 アーサーさんは兄弟に目隠しをしたがった。目隠しをして、遠くなんて見ずに、まだここにいて欲しい、そう心から心の中で、願ったのだと。
 彼が僕にそのようなことを、疲れたため息にわかりやすく仄めかせていたいつかのお茶の時間にも、兄弟はいなかった。その頃にはもう、彼と兄弟が挨拶以上に言葉のやりとりをする方が珍しかった。
 僕は彼を悲しませたくなくて、両手で掴んだコップが揺れてお茶が雫れるのも構わず、僕はずっといます、とつよく主張した。すると彼は健気さを褒めるように笑んで僕の頭に手を遣り、またいつもと同じことを、同じ調子で繰り返したけれど、なんだかあの時の彼はいつもより、雨の匂いが濃かった。弱気な、溶けるような笑顔を向けてくれるのは、僕にだけだ。
 彼がああして笑ってくれるのは、本当に嬉しい。たとえ一番欲しい笑顔がそれじゃなかったとしても。僕も、僕という存在に何を望まれているのか理解できるくらいには、大きくなったから。
 彼が帰ってから見計らったように帰宅した兄弟をいつもと変わらず迎え入れたあの時、僕は難しい顔で笑っていたと思う。お茶の時間に彼が言った弱音を伝えては、敬愛する彼のプライドを守れない。でも、伝えなければ彼の思いをアルフレッドが知ることはない。それなのに、伝えてしまえば兄弟はまた一歩彼から遠のく道を進んでしまう。君を使って俺を説得させようとしてるんだろう?とでも言って請け合わないに違いない。
 僕はふたりとも大好きだった。小さな頭で悩んで、ついに、彼と兄弟、どちらにも何も言わないことを選んだ。選び続けた。
 でも、僕は間違っていたみたいだ。疲れた、手の冷たかった彼に、一層目の下に隈を作らせることになったとしても、僕は言うべきだったのだろう。
 どうして直接、素直に、真摯に、それ以外の感情はみんなどこかへやって、どこにも行かないで欲しいと伝えなかったのです、と。
 僕は彼を説得するべきだった。彼のプライドを投げ捨てさせること。だってこの奔放な兄弟をつなぎ止めるには、それくらい安いものなのだ。
 だからせめて、彼の、それでも大切で捨てられなかったプライドじゃなく、僕のプライドを捨てて、どうにか兄弟をつなぎ止めたい。もう、何も言わないでいるのは無理だ。