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きょうだいでいるということ

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 だったら、僕が選ぶのは、一人でも生きていける強くて愛すべき兄弟じゃない。
「きみのそれは、自己愛だよ」
 弟が僕に伸べた手の上の、曰く愛情だというものをまるっきり否定することで、僕はそれを答えにした。
「……それは俺にしか分からないことさ」
 兄弟は大人の顔で、幼い否定をさらりと受け流すと、掴んでいた僕の腕を引き寄せた。前を向いたままバランスを崩して一歩後ろへ下がったところで、背中がアルフレッドにぶつかる。兄弟の片手は僕を両腕ごとまとめて緩く抱きしめ、もう片方は、手のひらを瞼の上へ被せて僕の視界を遮った。
 暗くて、温かい、それだけの世界になった。
「アーサーが俺たちにしようとしているのは、こういうことさ。それを君は分かってるのかい? それでもここに残ると?」
 アルフレッドが耳許で言う。記憶の中、一緒にはしゃぎ回った声よりうんと低く、吐き出された空気の掠れに彼の経てきた時間や成長を思う。
 きみは暗くて温かいだけというかもしれないけれど、僕はそこに幸せだって見つけられるよ。一番近くに愛すべき兄弟がいて、声が聞けて、温かいんだ。僕には何にも見えなくとも、きみが見えているのなら、僕はそれでいいんだ。それがどうして、きみにはわからないのだろう。
「ねえアルフィー、どうして? 僕はただ、一緒にいたいだけなんだ。今こうしてきみといるように、彼とも一緒にいることは出来ないの」
「中庸で従順なのは大いに結構なことさ。でもそれじゃいつまでたっても認めてもらえない。認められない俺なんて、認めたくないんだ」
「アルフィー、お願いだ――駄目だよ、アーサーさんが悲しむ」
「それが」
 く、と力が入ったアルフレッドの腕より、押し殺したように紡がれた言葉より、僕の心を捕えて放さなかったのは。
「……それが、何だって言うんだ」
 その瞬間にぱっと上がった、アルフレッドの体温だった。
 アルフレッドが、彼をどう思っているのかということ。
 体温の伝える意味が背中から腕から焼けるように体を巡る。分かった途端に苦しくなった。勝手にぱたぱたと涙が出てくる。
 みんながみんな、愛情をもっていたのに、噛み合わないだけでこうなってしまう。悔しさと悲しさがどんどん水滴になって雫れていった。ここで泣くことそのものが幼さのしるしだとわかっていても、止まらなかった。
 手のひらの内側で泣いている小さな兄を解放すると、彼は僕に前を向かせたまま指先で涙を拭ってくれた。気遣いにまた泣いてしまいそうだ。
「俺はいつでも君を待っている。今この瞬間だってね」
 背中に投げかけられる声は穏やかで、自分の正しさを疑わないからこその落ち着きを含んでいた。
「僕は彼を、彼の心を大切にしたい。一度だって裏切るような真似をしたくないんだ」
 僕は、涙を見ないようにと気遣ってくれた弟のやさしさを、自分なりの覚悟で手放した。振り向いて正面から答えるのが、せめてもの誠意と矜持だ。
「ならば、マシュー、君の最初の疑問に答えるけれど――それが俺と君との違いになるんだよ」
「……ずるいよ、アルフィ」
 自由の対価を、そっと見据えたきみの眦は強く鋭い。瞳に貯まった涙がいたずらして、ぐにゃりとゆがんで見える景色の中で、アルフレッドの目の強さだけは曲がることなく僕と、僕より遠くを見ていた。
 はじめから食い違っていたからこそ、僕らは兄弟であれたのだ、と。
 きみと僕は、違うから、だからここに“ふたり”で生まれたんだ。
 時が僕にこたえを告げるのを聞いた気がした。