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うきぐもさなぎ
うきぐもさなぎ
novelistID. 8632
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スローなブギにしてくれ

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「カラオケっつーと、おまえいつもそれだな」


からかうようなトムの口調に、静雄は口もとをほころばせる。
津軽海峡冬景色のイントロが始まって、
静雄はマイクに手を伸ばした。



静雄の勤め先であるキャッシング会社はニコニコ金融だ。
強引な取立ては、基本的にご法度。
しかし例外はどこにでもあるもので、
この会社でそれに当たるのが、静雄、という人間の存在だ。
会社の社長は器のでっかい大物だ。
静雄はしばしばそう考える。
彼は静雄のことを「シズちゃん」と親しげに呼びかけて、
なんだか知らんが妙に買ってくれている。
先輩であるトムが、社長に信頼されているから、
それが理由なんだろう。
だから、後輩にあたる静雄も、いっしょに恩恵を受けている、
そんなところなんだろう。


社長は実に大物だ。
何しろ彼は、静雄が破戒した公共物の弁償を
すべて引き受けてくれているのだから。
感謝とも尊敬ともつかないまなざしを社長に向けながら、
静雄はたまに考えたりするのだ。
この世はまだまだ捨てたモンじゃない、と。


そのキャッシング会社だが、年に数回社員全員を巻き込んで
飲み会を開催する。
新年会に始まり、花見、暑気払い、それから忘年会。
二次会は、大抵カラオケだ。
そんな時、社長はいつにも増してご機嫌な顔をして、歌声を披露する。
彼は若い連中に、しきりにマイクを押し付けたりもした。
無礼講とばかりに、トムも歌った。
彼のおはこは青江美奈だ。
地元を意識してなのか、「池袋の夜」や、「伊勢崎町ブルース」が
持ち歌で、渋い声がメロディーに妙に溶け込む、いわゆる
「泣かせる」タイプの歌い手だ。
静雄は、マイクをまわされてもほとんど、
「俺はいいです」の一点張り。
それでも、酒がまわり興が乗ると、たまにマイク片手に、
持ち歌を披露した。


「おめえはいつもそれだな」

つい先日の花見の二次会でも、トムにそう突っ込まれた。

「なんでいつも津軽海峡冬景色なんだ?」

他にもレパートリーあんだろ、もっと若者らしいやつ、と、
自分も古い選曲ばかりのトムに指摘され、
「あー、まあ、あんまり」
と、静雄はもごもご口ごもる。
拍手と、やんやといった声援を浴びながら、
静雄はおもはゆそうな顔をして、ソファにどすんと腰を落とした。
景気づけにチューハイをひと口煽ってから、静雄はトムに顔を向けた。

「そういや津軽海峡って、本州の最北端にある海ですよね?」
「ああ」

とトムは答え、それがどうした、という具合に視線だけで静雄に尋ねる。

「津軽海峡――最果ての忘れられた場所――歌になるくらいだから
割と有名な場所ってことっスよね」
「だろうな」

水割りのグラスを傾けながら、トムが答える。

「歌になるくらい有名なのに、そこまでメジャーな
観光地じゃない――っていっちゃ失礼かもですが、
なんつーか、そっから海を渡った函館のほうが
俺にはずっと有名に思えるんです」
「まあな。函館はたしか、日本人が訪れたい観光地の
ナンバー1だったと思ったが」

静雄はそれには答えず、やけに神妙な顔をして、
手元のグラスをじっと見ている。
無言の静雄を一瞥してから、トムはちょっと肩を持ち上げた。