鬼の腕
プロローグ
人に斬られた鬼の話を知ってるか
古い話さ
鬼退治にきた武士が斬った鬼の腕
その武士は腕を持ち帰ったんだそうだ
鬼は腕を取り返しにきたよ
武士をまんまとだまして腕を取り戻した
だけど
今度は鬼が死んじまった
腕はどうする?
鬼が死んだ事を知らない腕は捜しているよ
元の体を求めてさまようんだ
戻りたいんだよ
自分の身体に
新八は夢を見ていた
闇の中、重たい何かを引きずって歩いている
重たいのは自分の腕か、それとも手に持っている物か
その重みはよく知っている
盲目の鬼がこちらを見て笑う
今度はどこを斬る?
腕の次は、足か。腹か。
そうか、お前が欲しいのは
首か
「うわあああっっ」
蒲団から飛び起きた新八は、もう何度も見ている夢に起こされていた。
「しんちゃん、どうしたの?」
意外に大きな声だったのか、お妙がふすまを開け心配そうな顔をして立っていた。
「何でもありませんよ、姉上。ちょっと怖い夢を見ただけです」
新八は枕元にあったメガネをかけお妙に笑ってみせた。
「最近よくうなされているようだけど、大丈夫?」
新八の表情をじっとうかがっているお妙の顔から固い表情が消える事はなかった。
「いいえ何でもありません。銀さんに大量に酢昆布食べさせられた夢です」
新八の胸がうずく。
「そんな心配そうな顔をしないでくださいよ。酢昆布くらいで情けないですよね」
(心配そうな姉上の顔を見るのはつらいんだ。そんな顔しないで)
「しんちゃん、最近ちゃんと食べてる?」
お妙の言葉一つ一つが新八の心を固くさせていった。
「はい、大丈夫ですよ」
受け答えがおかしいのは分かっていたが、もう早くここから逃げ出したかった。
新八にとってお妙の心配する顔は、最も見たくない表情の一つだったから。
(僕のせいであんな顔をさせてしまった)
蒲団から素早く抜け出し鴨居に掛けてあった着物と袴に着替える。
(もう出よう。ここにいちゃいけない)
新八は足早にお妙のいる居間へと向かい、ろくに顔も見ずに声をかけた。
「ご飯は万事屋で食べますから。いってきます、姉上」
何か言いたげにしていたお妙の顔を見る事もなく草履を履いて出て行く新八を、お妙はあわてて玄関まで見送った。
「いってらっしゃい。気をつけてね」