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きくちしげか
きくちしげか
novelistID. 8592
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鬼の腕

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高杉の所から戻ってきた僕らはたいそう疲れていた。
銀さんはしばらく療養していたし、神楽ちゃんと僕で万事屋の仕事をまかなったりしていた。
しばらくは何ともなかったんだ。
父上の刀を持つまでは。
似蔵の腕を斬った事は無我夢中だったから分からない、と銀さんには言ったけど、本当は凄くよく覚えてる。 桂さんの刀で似蔵の腕を斬った。手に重みが残る。その重みを父上の刀が思い起こさせたのだ。
何で刀なんか持ったんだろう。
その時はそれが僕の心を落ち着かせると思ったんだっけ。
ところが
それ以来、あの夢を良く見る様になったんだ。
腕を、足を、腹を、首を・・・
斬る

(銀さんが斬ったのはあの盲目の鬼のどこだったっけ)

脚は勝手にいつも行く場所へと僕を運んだ。
行き先はいつもの仕事場、そしてもう一つの我が家。
あそこに行けば大丈夫だ。
あの夢は体力を消耗させる。
そして自分を抑えるのに疲れてきたのか、いっその事誰かをと考える事もある。
(こんな考えはどこかに捨てたい)
ここに入る時は黒い物を全部吐き出してから入りたい。
(姉上と同じ顔をさせたくはないんだ。みんなを)
いつもの様に戸を開けた。
いつもの様に挨拶をしたはずだった。
「おはようございます」
しかし僕の耳に入ってきた声はいつもと違った。
「よお」
胸をえぐるような声。
聞き慣れない声だが、聞いた事はある。
目の前のソファーに黒い制服の男が二人座っていた。
空気までも、いつもとは違うように感じた。
(なんだろう、この不安な感じは)
その声は、刀の切先に似た鋭さを持つ響きだった。

「土方さん、沖田さん。いらっしゃい、珍しいですね」
新八はお茶が出ていない事に気がつき台所に足を運ばせた。来客用のお茶二人分といつものイチゴ牛乳をお盆にのせ、客のいる居間へと戻ってきた。
(何しにきたんだろう)
漠然とした不安が新八を包む。この所神経が過敏になる事が多かった。
「どうぞ」
新八がお茶を出す所を二人はじっと見ていた。
「すまねえな」
土方が短く言うと、新八は黙ってお辞儀をした。そしてもう一度台所に戻って今度は自分と神楽のお茶を運び、銀時がいつも座る机に置いた。
「神楽ちゃんお茶ここに置くよ」
「ご苦労アル、メガネくん」
「誰がメガネだ」
台所を二往復したが、客の二人は土方が言った一言以来、ジッと観察しているように無言で新八を見ていた。
「あのさあ、うちの大事な従業員のケツを、なめるように見るのやめてくんない?セクハラで訴えるよ?っていうか何しにきたのあんた達ぃ」
銀時がいつもの調子で二人に声をかけると、居場所を求めてうろうろしていた新八は客が座るソファーの後ろに立つことにした。
「いやあ、見回りでさぁ。ここ警官立寄所って看板ありやしたよねぇ」
沖田がとぼけた調子で答える。
「おまえ、一度眼のお医者さんに行ってくるといいアル」
沖田がくっくと笑った。
「おめえは頭のお医者さんに行った方がいいぜぇ」
いつもの神楽と沖田の憎まれ口も新八の耳には入らなかった。ぼんやりと客の後ろ姿を見ていると、新八は先ほどから耳鳴りがすることに気がついた。二人の警官の声がとぎれとぎれに聞こえてくる。
そこに不意に土方の声が耳に入ってきた。
「すまねえなあ。今調べてる事件であんた達に話が聞きたいと思ってよ」
土方はお茶を一口飲むと銀時を見据えて言った。神楽は定春と一緒に銀時の後ろで無邪気に遊んでいる。
新八の耳鳴りが強くなった。そしてまた土方の声が耳に入る。
「人斬り似蔵、って知ってるか?鬼兵隊の一人だ」
今までの空気が一変して張りつめ、それを察した定春がうなり始めた。
「定春、どうしたアル?」
神楽は定春の首をなでなだめる。
(キーーーーン)
「知らねえなあ。鬼兵隊ってなんだ?」
銀時はイチゴ牛乳を飲み干し、空気が変わった事に動じなかったようにとぼけた。
「新八ー知ってる?」
銀時が新八に軽口をたたいたが、新八には聞こえなかった。
(耳鳴りがひどい)
土方と沖田はあえて新八の方を見る事はせず、銀時はそれ以上新八に話しかけるのをやめた。
「知らねえって。で、そのなんとか隊のなんとかがどうした」
沖田が銀時の様子を見てうっすらと笑いを浮かべた。土方は話を続ける。
「一ヶ月くらい前に、鬼兵隊の船が落ちたの知ってるかい?」
「しらねーな」
銀時はもう面倒だという様に適当に答えていた。
「奴らの船の中から似蔵の遺体があがったんだ。そしてその遺体にゃあ、腕が無かった」
(何を言っているんだこの人は)
「それがどうした」
かろうじて聞こえた銀時の言葉だったが、新八は耳鳴りが気になってまったく頭に入らなかった。
「くっ」
土方の後ろに立っていた新八が小さく声を上げた。
「おやあ、何か知っているのかぃ、新八さん」
沖田は振り返ることなく声をかけ、いかにも面白そうに唇の端を上げた。
「腕は妙な所にあってよお。船の中で遺体が発見される以前に、川原に落ちていたそうだ」
新八の鼓動が早くなるのを他の人間が気がついたかどうかは分からない。銀時は顔色を変えず聞きいていたが、土方の言葉にあきれた様に首を振った。
「落ちてたって、財布じゃあるめえし」
土方がくっくっと笑った。
「拾ったのはおまわりさんだ。ついでに腕を斬ったらしい奴も見た」
土方と沖田には見えなかったが、新八の顔は真っ青になっていた。
さすがに銀時には新八の変化が見えたが、視線を新八の方へ向けない様に注意していた。
「近くの川原で似蔵は斬り合いをしていたらしい。似蔵の他に男を二人、そこに駆けつけた同心が見ていてなあ」
「一人は、暗くて分からなかったが」
どさっ
「新八!!」
銀時と神楽が同時に動いた。
「卒倒ですか。大丈夫ですかぃ?」
その問いかけが神楽には笑って言ったように聞こえた。
土方がすぐにソファーから立ち上がり新八の方へと歩み寄ろうとしたが、銀時がその後ろから肩をつかんだ。
「どけ」
銀時が新八の様子を見てそっと抱き起こそうとすると、土方がその肩に手を置いた。
「あんまり動かさない方がいいぞ。救急車を呼ぶか?」
銀時は肩を揺すって土方の手を払うとゆっくりと新八を抱き上げた。
「大丈夫だ。今日は帰ってくれ」
成り行きを見守っていた沖田がソファーから立ち上がって言った。
「パトカーで病院まで送りますぜぃ」
先程と変わらないその声色に神楽が沖田を睨みつけたが、沖田は軽い笑みを浮かべただけで特に気にするようでもなかった。
「神楽、蒲団敷け」
「うん」
沖田の方を見ずに神楽がそこを横切った時、小さくつぶやく声が聞こえた。
「旦那方は卒倒の理由がわかってるみたいですねぇ」
その言葉に神楽の頭にかあっと血が上り、沖田の方に向かって裏拳で手を振り上げていた。素早くよけた沖田が刀のつかに手をかける。
「出て行くネ」
震えた声を出す神楽を見つつ、土方が沖田の手を押さえ首を振った。
「やめろ、総悟。悪りいなあ、また来るぜ。本当に病院連れて行かなくて大丈夫かい」
「ああ、心配すんな。神楽、早く蒲団敷いてこい」
作品名:鬼の腕 作家名:きくちしげか