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きくちしげか
きくちしげか
novelistID. 8592
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鬼の腕

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振り返るのはやめよう
今あの人の顔を見れば自分はたちまちに崩れていくだろう
そして帰れなくなる、あの場所に

新八が胸の辺りを押さえ、道場を走って出て行った。口の中に酸っぱい味が広がる。
(また吐いた。情けない)
銀時にそれを問いただす事は不毛だと、時代が違うという事を新八も理解していたつもりだった。帯刀を許され、天人と戦う事、刀を純粋に人斬りの道具として使う事を許された時代とは違うのだ。
(羨ましい)
新八の家にあるあの刀はもう血を吸う事はないだろう。
(哀れだ)
喉の渇きを我慢する事は死ぬよりつらい。どこを走っているのか分からなかったが、足を止めると後ろから似蔵の手が肩をつかんでくるような気がして怖かった。

人斬りの腕、欲しくはねえかい

大丈夫。この数ヶ月何度も自分に言い聞かせた言葉だった。しかし大丈夫だった事はなかった。一からやり直しだ。あの刀と同じ様に喉が渇いてしょうがないと感じていた。
コンビニを見つけて入った。
(ここなら似蔵の腕も追ってこないだろう)
そこまで考えて新八は苦笑した。
(似蔵の腕が追ってくる?とうとうおかしくなっちゃったかな)
ふらふらと店の奥へ歩き、水へと手を伸ばそうとした。
「水よりもっといいもん飲みませんか、新八さん」
後ろから肩に手をかけられた。声の主は何度も自分の想像の中で斬りつけた相手だった。
(似蔵の腕だ)
とうとう捕まったらしい。新八は妄想と現実の区別がつかなくなった自分を笑った。声の主の顔を思い出す。先日自分をじっと見つめていた男の傍らで、うっすらと笑みをたたえていた少年。
「いや、水が欲しいんです。今は。沖田さん」
沖田の手は冷たかった。
(この手で何人斬ったのか)
新八はもうその事しか考えられなかった。
「じゃあ、先日のお詫びにおごらせてくだせえ、その水を」
沖田は新八の肩越しに水を取ると新八のほほに軽くボトルを当てた。疾走して火照った頬に、冷えきったボトルが刺激となって新八の身体をビクッと震わせた。
「施しじゃぁありませんぜ。お近づきのしるしに」
すうっと息を吸う音が新八の口から漏れた。
「ありがとう。遠慮なくいただきます」
新八は振り返って少年の顔を見た。自分とあまり変わらない年の少年はしかし、自分よりずっと場数を踏んできているはずだ。
(駆け引きをしたら負ける。逃げるか)
だが、逃げる理由がない。逃げればかえって相手の思うつぼとなってしまうだろうと思いとどまった。
「今日は制服じゃあないんですね」
レジに向かって行く沖田の後ろをついていく新八は、慎重に言葉を選んで言った。
「今日は午後から非番なんですよ」
沖田は友達と話す様に声を弾ませた。
「だから、ねえ、新八さん。どこかへ行きませんか?」
コンビニを出るとあたりが少し暗くなってきた。沖田が空を見上げた。
「ひと雨来そうですねえ。この寒さだと雪ですかねぇ」
走っていて分からなかったが、外の空気はひんやりとしていた。
「どうでしょう」
沖田と知人の様に話している自分が不思議で、数日前に卒倒していた自分とは全く違うと感じていた。こうして話す事ができるとは思いもしなかった。
(大丈夫だ)
「まだ夜には早ええですねえ。一服しませんか」
近くにある公園へと歩いた。二人でベンチに座り沖田から手渡された水を飲み干す。
「よっぽど喉が渇いていたらしいや」
沖田がくすくすと笑った。
「たくさん走りましたから」
急に恥ずかしくなって顔を赤らめた。沖田の柔和な笑みは、とても真選組の斬り込み隊長とは思えない。
(すべてを話してすっきりしようか)
しかし。
(攘夷志士とつながっていると思われるのはまずい)
実際つながってはいない。正確には"今は"とつけるべきだが。
『あんたの過去に興味があったみたいだねえ』
お登勢の言葉を思い出した。あの晩来たのは真選組の密偵に違いない。銀時の過去を探っているのは攘夷志士と関係があるのだろう。
(高杉と銀さんはかつての戦友だった)
その事を真選組に知られたらと思うと、新八の背中を冷たい物が走った。
「新八さん、先日のねぇ、あの話ですが」
沖田は手にした炭酸飲料を飲んだ。ゴクリ、と飲む音が新八のすぐ側で聞こえる。
「似蔵、ですか」
「に」と声を出す前にひゅっと喉が鳴った。新八が沖田の方を向くと、沖田の顔がすぐ近くにあった。長いまつげと白い肌が艶かしく見えた。唇は紅をひいた様に赤い。
(女の人よりきれいで、誰よりも強い)
しばらく沖田をみつめていた。刀を振っていた時に散々斬りつけた想像の人物と、目の前にある顔がシンクロする。
「新八さん、俺にはあいにく、そのケは無いんですがねえ」
突然の台詞に新八は耳まで真っ赤にして沖田から離れた。
「あ、あの、僕もそんなつもりじゃあ、いえ、僕は」
あたふたする新八にネコの様に身体をすり寄せた。
「でも新八さんならいいですぜぃ」
「沖田さん!」
沖田は腹を抱えて笑っている。からかわれた事に腹を立て新八は唇をかんでベンチから立っていた。
「帰ります」
「あ、ああ、ちょっと!」
沖田が新八の腕をつかんで立ち上がった。
「すいませんねぇ。新八さんはこういうのには慣れてないんですかぃ」
「当たり前です!」
「そうですか?新八さんかわいいから、からかわれる事も多いかと思いましたぜぃ」
新八には沖田の真意が分からなかった。
「あなたは何がしたいんですか?」
沖田が上目遣いで新八を見ていた。
「いぇ、いい話を一つ聞かせようかと思いやしてね」
(こういう場合、いい話って言うのはたいてい悪い話だよな)
「聞きたいなら、今度は俺の行きつけの店を紹介しますよ。落ち着いて話もできますし」
にやっと笑った沖田の顔を見て、新八は腹をくくる事に決めた。
作品名:鬼の腕 作家名:きくちしげか