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はるかに長い、坂の向こうに

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夕方7時半。
1学期の期末試験の終わった週末の校舎には、もはや生徒の姿は見あたらない。


「───やっぱり、誰もいねぇか……」
小さくため息をつき、エドワードは自分の教室である2年3組に入った。
沈みかけの夕日が差し込む教室は、オレンジ色に染まっていた。





目的のものを探すため、エドワードは机の中に手を入れる。
取り出したのは、翌週月曜に提出する日本史の問題集。
「えーっと、どこまでやってたっけなぁ」
ぱらぱらページをめくり、このたび試験範囲であった場所を探し当てる。
「増田のヤツ、期限に遅れたらうるせぇからなぁ…」
自分のクラス担任でもある日本史教師のあだ名を口にしつつ、ふん、と小さく息を吐く。
昨年この高校に赴任してきたその教師は本名をマスタングといい、甘いマスクと穏やかな物腰で女子生徒の人気を集めている。
まあ確かに格好いい系統の顔だとは思うけれど、エドワードはあまりそういう事に興味がない。
恋愛にうつつを抜かすより、部活である陸上に打ち込んでいた方が楽しかったからだ。




何問か解いていない問題を見つけたので、ついでにやってしまおうか、と席に着こうとしたエドワードの背後に。
「───生徒会です。誰か残ってますか?」
「うわあっ!」
急に声がかかり、びくりと肩を跳ねさせて振り返る。
半分だけ開いていた教室の扉から、ひょこんと顔をのぞかせていたのは。
「あ、アルフォンス!?」
「……姉さん?」
開襟シャツに濃紺のズボンという、高校の制服を身に着けた、エドワードの一つ違いの弟だった。







「オマエ、何してるんだよこんな時間まで」
「何って、姉さんこそ何してるのさ」
すたすた教室の中に入ってきたアルフォンスは、エドワードの席まで歩いてくる。
「や、オレは問題集取りに…アルは?」
「ボクなら、居残りの生徒がいないか見回り。さっき生徒会の資料を届けに職員室へ行ったら、マスタング先生に頼まれちゃって」
肩をすくめながらアルフォンスが言うと、エドワードがむう、と口をとがらせた。
「アイツ、ひとの弟こき使いやがって」
「えー?先生もひとりで仕事してたから、手が空いてなかったんじゃないかなぁ」
「けっ、どうだか。自分が見回りさぼりたかったんだろうぜ」
容赦なく担任をこき下ろす姉に、弟は苦笑するだけにとどめる。
姉弟揃って成績は優秀だが、アルフォンスは1年生ながら生徒会役員に抜擢され、現在書記としてその腕を振るっている。
男勝りで、粗野な行動や言動の目立つエドワードの弟とは思えないほど物腰が穏やかで要領もよく、教師たちや女子生徒はもちろんのこと、男子生徒からの受けも良い。
おそらく来年は確実に生徒会長の椅子に座ることになるだろう、ともっぱらの噂だ。
「…姉さん、問題集見つけたんでしょう?残りがあるなら、うちに帰ってからやるといいよ」
「つっても、あとちょっとしか残ってねぇんだよ。ついでにやっちまいてぇんだけど」
「もう遅い時間なんだから。最近この辺りにも、変質者も出るっていうし」
「いくらなんでも、オレみたいにがさつな人間は狙わないだろ。アルは心配しすぎだって」
ばっかだなぁ、とアルフォンスの肩を叩き、それでもエドワードは席を立った。
「ま、可愛い弟を心配させるのもかわいそうだしな。おとなしく先に帰って、勉強ついでに風呂でも沸かしてるよ」
「うん。…あ、いや、やっぱり少し待ってて。ボク、見回り済ませて鞄取ってくるから」
「平気だって。さっきも言っただろ?姉ちゃんみたいな男女、変質者だって避けて通るさ」
「でも…」
「何かあったら走って逃げるよ。インターハイで通用するレベルのオレの俊足ぶり、アルも知ってるだろ?」
そう言いながら持ってきていたトートバッグに問題集を入れ、エドワードはアルフォンスと共に教室を出る。



「じゃあ、ホントに気を付けてね」
「おう。オマエも見回りしっかりなー」
エドワードを生徒玄関まで送って、アルフォンスは再び校舎の中へ戻っていった。