恋は垂直落下
思わずはーっと大きく息をついたなら、上の方から「帝人ぉおおお!」という悲鳴と、ガラガラビシャッ!という大慌てで教室を出る音が響いてきた。あの教室は2階。それを把握してから、その教室から落ちたなら年上、2年、と判明して、しまった、と静雄は顔をひきつらせる。
まさか年上だとは。
だってなんかちっちゃいし。
なんか可愛いし・・・っておい。自分しっかりしろ。
「あー、あの?」
「ああ?」
近いところで声をかけられて、思わず焦って上ずった声で答えた静雄に、腕の中の少年は、困惑と照れくささをないまぜにしたような笑顔を浮かべて言う。
「えっと、離してもらっても、いいかな?」
静雄は凍りついた。
冗談でも比喩ではない。
マジだ。
びしりと、そりゃもう音を立てそうな勢いで固まる。そうだよさっきから近いと思ってたんだ。そりゃそうだよな俺が両腕で抱えてんだから、っていうかこれもしかして半分抱きしめてないか?ただでさえあまり働きのよくない頭が、必死に動いてそんな結論を出した。
「・・・う」
「・・・?」
「うわあああ!」
べり、ずしゃ、だだだだ。
擬音語にしたらそんなところだろうか。気付けば静雄は腕の中の少年を遠ざけ、距離をとって、ガッと赤くなった顔を隠すように手で覆っていた。そんな静雄の様子にぽかんとして、少年は首をかしげる。
やめろその顔やめてくれ。
遠くで誰かが帝人ー!無事かぁあー!と叫んでいる。静雄を呼び出した不良たちはいつの間にか姿を消した。そして目の前の少年は、とても先輩とは思えないようなあどけない顔で首をかしげ、静雄を覗き込んでくる。悲鳴をあげそうになる。なんだこれどういう感情だ。よくわからない。誰か助けろ。臨也でもいいから通りかかれと切に願う。
マジで。
よくわからないけど今静雄は真っ赤なのだ。心臓が恐ろしいくらい早鐘を打っているのだ。なんだこれ俺病気か?新羅に見てもらうべきなのか?そんなことを沸騰した頭で考えている静雄の頬に、目の前のあどけない先輩の、手のひらが伸びた。
ぴたり、と。
その小さな手が静雄の顔に触る。
「・・・っ!」
意味不明な叫びをあげて逃げ去りたい衝動を、ぐっと奥歯を噛んで耐える静雄に、彼はそれはそれは見事に微笑んで見せた。
「助けてくれて、ありがとう、平和島静雄君」
今、世界から消え去りたい。
衝動的にそんなことを思った静雄は、その、正体不明の感情の名前をまだ知らない。