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「・・・・あれ?」
学校帰りの夕暮れ時、帝人はふと見知った人影を視界の端に捉えて足を止めた。
道路を挟んだ向こう側にあるのは小ぢんまりとした公園で、今は無人のブランコが幽かにゆらゆら揺れている。平日の午後、もう少し早い時間帯ならば子供連れの母親が談笑を交わしている筈のその場所は、時刻がずれると途端に寂れた雰囲気を醸し出すから少々不思議だ。だが、都会にはそういった場所が少なくないことを、帝人は池袋に引っ越してから知った。多くの人が行き交う都会の最中とは言え、道を一本外れれば途端に人の姿はまばらになり、猥雑な空気は也を潜める。それはまるで表舞台の晴れやかさを誇張するかの如くに。
しかし、オレンジ色の夕陽が長く影を落とす公園はひっそりと静まり返っているものの、其処に御門が認めた人影は少々似つかわしくない存在だった。彼はどちらかと言えば、猥雑な雑踏の最中に佇むのが似合いだと帝人は思う。否、帝人のみならず、彼のことを少なからず知る人間ならば誰もがそう思うに違いない。そんな感想を脳裏に抱きつつ、帝人は暫し道路越しに彼の姿を眺めていた。
ベンチに座っているのは長身痩躯の若い男で、脱色された金髪が夕陽を浴びてきらきらと輝いている。最早トレードマークと言っても過言ではないだろう、サングラスとバーテン服を纏ったその姿は公園と言う場所には少々似つかわしく帝人の眼には映ったが、幸か不幸か辺りには人通りは殆どなかった。
或いは人目を避けるようにして、彼はこの場所を選んだのかも知れない。見るともなしに眺めたその口元には赤く欝血している様が見て取れ、ついでによくよく観察すれば、バーテン服の其処此処は土埃のようなものに汚れていた。シャツの袖についた染みは赤黒い――恐らくは血の名残だろう。誰の、と言う点については考えるだけ無駄と言えた。彼自身の、ではないことだけは確かだが、彼が誰を殴り飛ばしたのかは帝人の知る由もないことだ。
果たしてそれは単なる喧嘩の名残か、はたまた仕事のトラブルの結果か。それもまた帝人にとっては知る由もない事ではあったが、ふと進行方向に設置されたドリンクの自動販売機が視界に入り、自然とそちらへ足を向けた。
ポケットを探って小銭を取り出し、販売物のラインナップを確かめる。本当は缶コーヒーの一本も買いたいところだったが、何の因果か全て売り切れだったので、缶入りのミルクティーとミネラルウォーターのペットボトルを一本ずつ買った。
人気もなければ車の往来もないに等しい道を渡り、帝人は日溜まりのベンチに歩み寄る。足音を忍ばせた訳でもなければ背後から忍び寄っている訳でもないので、その姿は丸見えの筈なのだが、ベンチにどっかと腰を降ろした彼に動く気配は見られない。背凭れに両腕を引っ掛け、僅かに仰向いた顔は空を見上げているようでもあり、眠っているようでもある。が、先刻はなかった煙草がその薄い唇に咥えられて紫煙を上げていると言うことは、少なくとも眠っている訳ではないらしい。と言うことは、単に帝人の存在に気が付いていないのか、それとも眼中にないと言うことなのか。後者だったら大分凹むな、と独りごちた言葉が聞こえたのか、或いは帝人の足音に気づいたものか、不意に金髪がゆらりと揺らめいた。
尖った顎が引かれ、サングラス越しに胡乱な双眸が帝人の顔に焦点を合わせる。ぷかりと唇の隙間から吐き出された紫煙が、青白い筋を引きながら夕陽に溶けていく様を眺めて、帝人は一瞬立ち竦んだ。
特に親しい、と言う間柄ではない。さりとて希薄な関係であるとも言えない。取り敢えず、成り行き任せではあったが新羅のマンションで開かれた鍋パーティで食事を共にした程度の仲ではあるが、だからどうしたと言われればそれまでである。互いの存在を正しく認識している事は事実だが、ならばこの関係を何と呼べば良いのか、帝人にはわからない。
友人、ではない。知り合い、とも少し違う気がする。顔見知りと言うには(成り行き任せとは言え)少々濃い付き合いをしているような気がしないでもないが、それはあくまでも帝人側の勝手な感覚に過ぎない。
果たして彼は、――平和島静雄は、帝人のことをどう認識しているのだろう。
甚だ疑問ではあったが、少なくとも帝人を眺める静雄の視線は穏やかだった。あからさまに不審げな顔をされたらどうしよう、と内心ではびくびくしていた帝人だったが、どうやら静雄の記憶の中にも自分の顔は残されていたらしい。或いは彼のことだ、見知らぬ人間に対しても平然と対峙するのかも知れないが。
取り敢えず立ち尽くしていても仕方がないと独りごち、帝人は先刻買ったばかりの缶とペットボトルと両手に握ったまま、一歩踏み出し静雄の前に立った。
「紅茶と水、どっちがいいですか?」
「紅茶」
即答された言葉に、帝人は一瞬面喰った。
即座に返答が得られたことにも驚いたが、まさか彼が甘い紅茶を所望するとは思ってもみなかった。意外に甘いものが好きなのだろうか、と思いつつも、帝人は静雄にミルクティーの缶を渡しながら、彼の隣にちょこんと腰をおろした。
静雄は缶を受け取りつつ、ちらと帝人を横目で見やったが何も言わない。何も言わぬまま携帯灰皿に煙草を捩じ込むとプルタブを開け、甘い紅茶をぐいと煽るところまでを確認してから、帝人は自分の手の中に残されたペットボトルのキャップを捻った。
――沈黙が、落ちる。
静雄は真正面を向いたまま、時折思い出したように紅茶の缶を傾けるばかりで口を開く気配はない。基より然して口数の多い方ではないのだろう。穏やか、と言うよりはむしろ虚脱したかのような気の抜けた表情で、ぼんやりと空を見つめる静雄の姿はとてもじゃないが『池袋最強』の肩書を持つ男のそれには見えない。
尤も、帝人は深くもなければ浅くもない付き合いの中で、静雄が殊更に暴力的な人間ではないと言う結論を得ていた。確かに、一度キれれば静雄の暴れぶりは尋常ではなく、片手でガードレールを引き剥がし道路標識を引っこ抜き、パンチ一発で漫画やアニメの演出の如く人間を数メートル先まで弾き飛ばす上に、自動販売機を持ち上げて投げつける有様は、正に喧嘩人形の異名を取るに相応しい。だが、彼が望んで暴力を振るっているのか、について言えば、答えは恐らく否である。
確かに、彼は一度暴れ始めれば手のつけられない男ではあるが、理由もなく突発的に暴力を振るうわけではない。否、突発的ではあるが切欠を必要とする暴力、と言うべきか。怒りと言うスイッチさえ押さなければ、静雄は物静かで大人しい人物である、と言うのが帝人の彼に対する印象である。但し、肝心のスイッチは無防備に晒されている上に導火線が無いに等しい事は忘れてはいけない。だが、如何に押しやすい場所にスイッチがあるとは言え、押さなければ何ということはないのである。帝人に言わせれば、静雄に殴り倒され、或いは蹴倒され、自販機の下敷きになるなどして怪我をする連中の方が悪いのだ。押さなければ良いスイッチを、彼らは自ら望んで押したのだから。
作品名: 作家名:柘榴