灰とバロック
「――随分長いこと生きてるが、こんな熱烈なプロポーズをもらったのは初めてだよ」
「プロポーズ? どこがだよ。これはあれだ、ほら、等価交換?」
「何と等価交換なんだね?」
「そんなの決まってるだろ。あんたがどこにもいかないって約束だよ」
言い放って、エドワードは当然だろう、という顔をした。これはかなわない、とロイは握られた手と反対側の手を軽く上げ、降参だ、と告げる。
「オレ、別に勝負してないけど」
「いやいや、私は君には勝てる気がしない」
肩をすくめて笑いながら、ロイは、泣き出したいような気持ちになった。長い間何のために生きているかわからなかった。ただ、生きるために生きていた。誰とも一生を分かち合うことなく、さまよっていた。
けれどこの少年は、一生をくれるという。ロイが既に人ではないものだと知っていて、それでも、ロイにどこにも行くなという。
そして彼が言うには、彼以外の人間も皆、ロイにいなくなってほしくないのだという。
こんな幸せなことがあっていいんだろうか、といるはずもない神に感謝したくなった。こんなとき祈りの言葉を持たないのはなんて不便なんだろうと思いながら。
翌日、イーストに帰ったロイは、エドワードの予言通りこってり副官に絞られた。エドワードはいいと言ったがアルフォンスにも謝った。アルフォンスは、いいえ、無実が証明できてよかったですね、と言ってくれた。
エドワードは、誰にもロイの秘密を話さなかったようだった。
――その後の話を、少ししよう。
結局国軍大佐のままに留まったロイは、その後、エドワードともども国を揺るがす大事件に巻き込まれていく。途中親友を失ったり部下に重傷を負わせる結果になったりと幾多の障害に見舞われたが、無事に難局を切り抜け、遂には大総統の地位まで上り詰める。
その過程で後見する鋼の錬金術師が表舞台から姿を消したり、幾つかの変化が彼の上にはあったが、概ね問題もなく政局をこなしている。
こなしている、ように見えていた。
ある日、奇妙な襲撃が彼を襲うまでは。
…パーティ会場から忽然と姿を消したマスタング大総統は、当然死亡したと見られていたが、その後各地で目撃情報が相次いだりなどして、長らく謎の襲撃事件として軍部にファイルされることになる。
目撃証言の多くが、長い金髪の青年とともにいたとされるという証言とともに。