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アグニは焼き切るための手を差し出したのか

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仄暗い空から、蜘蛛の糸のような銀色の雨が伸びている。
耳障りな雨音は、ただ静かにあたりを侵食して、どこか怠惰な身体を捻じ曲げながら霧の中に佇んでいた。ナルトはそれを見詰めてそれから自分も小さく身体を丸める。動き出すのが一重に面倒だったからだ。任務を終えて、火影への報告を済ませ今は巨木の枝にいる。静かな景観は嫌いじゃなかったが、それを楽しむ気にもなれない。うっとうしい雨を纏わり付かせて、ナルトは少し眉を顰めた。

どうして忍をしているのかと尋ねられた言葉が頭の中で低く反響している。その言葉を発したのは三刻前に殺した男だ。顔は全く覚えていないが、声だけは異様にそして冷たく脳裏に刻まれていた。冴え冴えとした声は風鈴の音にも、ガラスが割れる音にも似ている。そしてまるで悲鳴のような声で罵るのだ、どうしてお前が、なんて。
自嘲を漏らしたままナルトは痛む肩口を押えた。男の言葉に乱されたつもりはなかったが隙を突かれたのは否めない。クナイでえぐられた肩で脈打つ熱が手を震わせている。
ナルトは常時よりも熱い息を吐いた。忍でいる理由なんて考えたこともない。こうでしか生きられないなら、そうしてしまおうと思っただけだ。生きやすいところで生きようと思ったことの何がいけない。

雨水が服に染み込んだ。ただうっとうしいだけの雨は少しばかり服を重たくする。それは酷く怠惰な気分を映しこんで、ナルトは首をすくめた。
身体すら震えないのに寒いと思ったのは何かの勘違いだと結論付けた。

***

ナルトが自宅の側に辿り着いたころにはもう真夜中を過ぎ、雨も上がっていた。大分休んでいたおかげか肩の痛みは大方引き、痛みはするものの明日の朝には直っているだろうと予測する。
ナルトは徐に暗い色をした外套を肩から払った。通いなれた小道、湿気臭い腐葉土の匂いが立つそこを抜けると、古い家の庭に出る。火影がナルトのために用意した隠れ家だった。一人で暮らすには少し豪華すぎるのではあるが、火影は半ば押し付けるような形でナルトにその家の所有権を持たせることにしたのだ。それには色々と意味があるらしいが、少なくともナルトには誰に干渉されることもない場所を得られたことに対して別段文句は無い。だから意味を問い質そうとも思わなかった。
ぬかるんだ舗装もされていない獣道は歩くたびに泥水を跳ね上げる。ナルトは今更それに眉を顰めるでもなく黙々と口を噛み、風の音を聞いている。
外套をかぶっていてもなおしみこんだ雨水が常時の暗部服を濡らしていた。寒いと感じたのはその所為であったのかもしれない。

少しばかりの竹林を抜け、張り巡らした結界を潜り抜けると庭に入れる。咲き乱れる紫陽花は圧巻で、明りのない真夜中の庭でさえ、静かに艶やかに見えるさまが美しい。監視という名目で家に住まわせている(全く持って不本意だが)シカマルという男が施したものだ。咲いたら咲きっぱなし生えたら生えっぱなし、何事も自然が一番手を加えるなんてナンセンスな(つまり面倒だった)ナルトにとって、植物の手入れなんぞもってのほかだったが、シカマル曰く暇つぶしという事でやっているらしい。その言葉の通り、決して上手いとは言いがたい景観だが、一つ一つは整っている。一度その手際が思いのほか器用だったことに、人知れず感心したのも懐かしくない。
ナルトが垣根を通り過ぎると、ふと、庭の正面に当る縁側がなにやら仄かに明るいのに気が付いた。何かあっただろうかと深く考えずそちらに向かい、目を凝らして直ぐに屈んだ。凝らした目が捉えたのは、蝋燭と共に本を読みふけっているシカマルだった。ナルトは思わず頭を引っ込め首をすくめる。別に隠れる必要など何処にもないのだけれど、何となく出て行く気分にもなれなかった。シカマルの醸し出している息の詰まるような空気の所為なのか、ナルトは葉陰からシカマルを凝視して口を噤んでいた。


シカマルがナルトの自宅に暮らし始めてからいくらか経つが、ナルトはシカマルと言う男が嫌いだった。明確な理由はないが好きになれないと本能的に感じていた。時折、切り裂いてしまいたくなるほどの憎悪が浮かぶ時もある。そして、シカマルは怖い人間だった。する行為がえげつないわけではない。ただ、じいとこちらを見詰める仕草が怖いのだ。腹の底から眺められている気がしてそしてそれは、そこの無い穴をただ眺めているのによく似ている。どこか、凍えるような冷たさを兼ね備えているそれは自分とは違う、まして他の暗部が持っているようなものでもなく、何処までも異質で、そしてはるかに冷たい。ナルトはそれが気に入らなかった。

静止したままそのシカマルを眺めていると、不意に先ほど殺した男のことを思い出した。
お前はどうして忍として生きるのだと叫ばれた言葉が頭の中で反響する。フラッシュバックするかのように男の顔が蘇りそして軽い頭痛がした。思い返すのは血なまぐさい空気。いつの間にか慣れてしまった、息の詰まるような死臭。疲れているせいか、緩やかに感情の箍が緩み始めている事に気が付いた。
臓腑の辺りから湧き上がる、形無くどろどろとした感情が、じりりと腹の裏側を焼く。苦いような苦しいような味が口に広がり、少しでも逃がそうと忙しなく瞬きをする。目先にいるシカマルが、やけにゆっくりと書物を捲った。そして唐突に、ナルトは明確な答えを見つけたような感情を覚える。いっそ、殺してしまえばいいのではないのか、と。答えは甘やかでそして適切だ。防衛本能にも似ている、とナルトは気付くが頭の大部分を支配した甘やかな言葉にかき消されてしまう。無意識に太ももにつけたホルスターに手を伸ばし冷やりとした苦無を指の腹でなぞった。喉元を切り裂き、腹を割き息の根を止め燃やせばいい。暗部は肢体をほしがるだろうがそんな事知った事ではない。
簡単なことだ、一瞬の隙さえあればいい。息の根を止めるなんて、息をするのと同じほど容易で意味が無い。殺してしまえば、もうこんな奴に踏み荒らされる事もかき乱されることもないと思うと、それは酷く正当な提案に思えた。しかし、シカマルの監視は火影命令である。匆々逆らう事は許されない。不文律の中で生じた三角形に甘んじている以上、身勝手な行動は慎まねばならないのが規則であり全てだ。この狭い里を構成する成分の幾割かは、排除排斥を元に組まれているとナルトは考えている。或いは、その矛先が自分に向いている事も。ナルトは指で触れていた苦無を握る。ならばばれない様にすればいいと、頭のどこかで声が聞こえた。

「無駄だぜ。」

静かに言ったのはシカマルだった。目だけは書物に落としたまま、捲る速度も落とさないまま、一瞬どういった意味か掴みかねたナルトは黙り、直ぐに弾かれたように立ち上がった。深い黒曜石の瞳と視線が絡む。まただ、見透かされているような心許無さがナルトを攫う。けれどナルトはシカマルから目を離さなかった。さっきの言葉が頭の中で回る。お前は何だ、殺してしまえ、反する言葉が混ざり合ってナルトは苦無を握る。
目の前のシカマルはしかし身構えるそぶり無く、そしてまた動揺するも無く、色の無い瞳でナルトを値踏みした。それから酷く億劫そうに口を開いた。

「お前は俺を殺せねーだろ。」