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幸福論

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―幸福論―


近未来的都市であるネオ童実野シティからは想像も出来ないような駄々っ広い荒野の中に、ぽつんと一つ、小さな街がそこにある。破壊街という物々しい名の付いていたその街は、つい最近名を改め、新しい一歩を踏み出した。
サティスファクションタウン。由来はとあるデュエルチームの名前であるのは住民の誰もが知っていた。何故なら、そのチームの元リーダーである男がこの街の長を担っているからだ。ある日ふらりと、突然やってきた白銀の青年は、決闘をし続けるだけの死神から紆余曲折を経て、今のまとめ役の位置に至る。透き通った金色の瞳から溢れる生気は、人々を纏める才を十分に含んでいた。この街の騒動が収まってから、誰かが言い出したわけでもなく、自然とその青年を中心に街の復興作業は始まったのだ。
その彼は恐らく、今頃はこの街を混乱に陥れた元凶である鉱山の視察に向かっている頃であろうと、褐色の少女は干し終わった衣類の裾をはたきながら思った。少女の名はニコと言い、この街が変革を迎えるに辺り、弟のウェストと共に奔走した人物の一人である。黒く艶やかな長髪をかきあげるその仕草からは、大人と子どもの境目に立つ者の妙な色気が漂っていた。
今日は実に良い天気である。見上げる空のどこにも雲は無く、地平線の向こうまですっきりとした青空が広がっていて、少し眩しい。洗濯物もよく乾く陽気であるが、些か暑くなりすぎる上に、日が沈むと途端に気温が下がるのがこの土地の難点である。ふう、とニコは額にうっすらと滲んだ汗を拭き取り、屋内へ戻った。庭と繋がっているこのダイニングルームは家の中で一番広く、いつも騒がしい二人が居ないとどこか物足りなく、昼間であっても侘しさを感じることがある。窓から差し込む光が室内に言いようの無い明暗を作っているのも、この侘しさを助長する原因でもあろう。木製のテーブルの上に放置された大小二つの食器を流し台へと運び、ふとニコはある物が冷蔵庫の上に取り残されていることに気付いた。

「あれ…この水筒、確か、」
「ニコ!悪い悪い、うっかりソレ、置いて出ちまった」
「!鬼柳さんっ」

玄関からダイニングルームを繋ぐドアが勢いよく開き、件の青年―――鬼柳京介が慌しく入ってきた。背にかかるほど伸びた髪が鬱陶しいのだろうか、後頭部で一まとめに結び上げている。くすんだグレーのシャツには土埃が付いており、どうやら一度鉱山まで行って引き返してきたらしかった。ウェストも一緒について行ったはずだが、暑い中歩かせるのは酷だと思ったのだろう、戻ってきたのは鬼柳だけであった。

「もう、駄目ですよ。今日みたいな日はちゃんと水分取らないと。また前みたいに倒れられたら困りますから」
「わかってるさ。だからちゃんと戻ってきたろ?」

そういってにかっと鬼柳は笑う。この街に来た時の、うつろな表情からはとても想像できない位の快活な笑みである。そう、誰がどう見てもその表情には曇りの影が見当たらない。そんな鬼柳の顔を見るたびに、ニコは左胸がざわつくのを苦しく思っていた。人工的な、機械的な、そういう違和感を彼女は抱かずにはいられなかった。

「…?ニコ、どうした?」
「えっ、い、いえ、なんでもないです」
「そっか。じゃあ行ってくる。日が暮れる前には帰ってくるから」
「あ、鬼柳さん待ってくださいっ」

じゃあな、と手を振って踵を返した鬼柳の服の裾をニコはつまんだ。ぐるりと振り返った鬼柳の額に、持っていたハンカチを押し付ける。

「汗、ちゃんと拭かないと」
「ん…おう、サンキュな」

鬼柳はそういって、わしゃわしゃと優しくニコの頭を撫でる。ニコは彼の細く平たく、しかし温かいその手のひらが好きだった。鬼柳は知る由も無いのに、今は無きニコの父親が彼女によくやってあげたように、何かあればすぐニコの頭を撫でる。自分より幼い人間に対する接し方が一辺倒なのは、あまり幼子と接したことが無い彼の不器用さの表れであろう。何にせよ、彼の動作から父親を思い出してしまい、ニコは泣き出したくなる。でも今は、少なくともこの青年の前では涙を見せるわけにはいかない。ぐっと喉元まで込み上げてきた何かを飲み込み、ぎこちなく、しかし自然に見えるようニコは柔らかく微笑んだ。

「いってらっしゃい、鬼柳さん」

鬼柳は水筒を左肩に掛けると、そのまま振り返ることなく家を出て行った。ニコはしばらくその場に立ち尽くしていたが、早い昼食の後片付けが少し残っていたことを思い出し、ぱたぱたと慌しくキッチンへ向かった。





「ねーちゃんただいま!」

バン、と元気よく玄関の戸を開けたのはウェストである。ニコと同じ健康的な褐色の肌や衣服についた泥の数々は、彼の一仕事終えたと言わんばかりの表情の所為で、どことなく勲章めいていた。思わずニコは苦笑を漏らす。また明日も洗濯が大変だ、と。

「おかえりなさい」
「ただいま」

ワンテンポ遅れて鬼柳も帰ってきた。彼もウェスト程では無いが、一度帰ってきたときよりも明らかに汚れている。外で少し土埃を落としてきたのだろうが、どうやら無駄な足掻きだったようだ。

「鉱山の方はどうでしたか?」
「うーん、まあぼちぼちって所だ。来月ぐらいには仕事が出来るようにしたいところだけどな」

一度滅茶苦茶になった鉱山内部を、今は一先ず人が入れるよう修復している最中らしい。荒れた街の復興も大変だが、自然の代物を人が踏み入れても危険がない状態に戻すには結構な時間を要する。鬼柳は毎日のように、街や鉱山を行ったり来たりを繰り返し、日々あくせくと働いている。今日のような重労働をする日もあれば、今後どうすれば活気に溢れ、自治の行き届いた街になるかを話し合う日も少なくない。こんな日を毎日続けていれば体が持たない、とニコが少し休めといっても、彼はへらっと笑って流してしまう。ニコに出来るのは、せめてこの家の中だけでもくつろげるよう、配慮することであった。

「お風呂、入ってますから。先にさっぱりしてきたらどうでしょうか?」

ニコは鬼柳から空っぽになった水筒を受け取ると、ぴ、と指を立てて風呂場を指し示した。見やれば、ほかほかと温かそうな湯気が洗面所の方から天井を這うように溢れている。勧める形を取ったが、勿論二人に決定権は無い。泥まみれで家に上がられたら掃除が困るというニコの副音声が含まれているのだから。鬼柳とウェストは互いに顔を見合わせると、我先にと風呂場へ入っていった。

「タオルと着替え、ここに置いておきますよー?」

ニコが脱衣所にある棚に、昼間干していたタオルと衣類をそれぞれ二つずつ置いた。「わかったー」という、ウェストの声が聞こえ、「ありがとな」という鬼柳の声が遅れて発せられた。ニコは脱ぎ捨てられた二人の衣服を水の張った大きなたらいに浸けると脱衣所を出て、夕食の準備をするべくキッチンへ向かった。
作品名:幸福論 作家名:ユウキ