幸福論
鬼柳の言葉が、すっと闇に溶けていった。夜の静けさが二人を包み、薄明るい部屋の中に響くのは、すうすうというウェストの呼吸音だけである。鬼柳もニコも以降は言葉を紡ぐことなく、かといって互いに離れることもなく、静止していた。とくん、とくんと、ニコの耳に鬼柳の鼓動が聞こえる。少しゆっくりめだが規則正しく、じんわりと響いてくる音色。ニコは瞳を閉じて、その音に耳をすませる。生きている証、命のメロディは誰のものでも尊く、愛しく感じる。そしてそのまま同調するかのように、少しずつ少しずつ、ニコは意識が遠くなっていった。
†
閉じていた瞼に眩しさを感じ、ニコは薄く目を開けた。見慣れない天井が視界に入る。ごろりと寝返りを打つと、隣にウェストが幸せそうな寝顔を浮かべていた。ぼんやりする頭を働かせ、寝る前のことを思い出す。確か、自室に戻ったらウェストがいなくて、またいつものように鬼柳のところで寝ているだろうと……。
「お、起きたか。おはよ」
ニコが体を起こして振り返ると、ちょうど着替えていたらしい鬼柳の姿があった。衣服に袖を通し、脱いだ寝巻きを拾い上げて脇に抱えて突っ立っている。
「あ、あの、昨日はごめんなさい!私、寝ちゃったみたいで…」
「あー、気にすんなって。オレもあの後寝ちまったし」
そういって鬼柳は寝巻きを机の上に置くと窓際に寄り、ぐいと人伸びした。今日も昨日に引き続き、天候は恵まれているようだ。射し込む光と、青い空がそれを告げていた。
「よっしゃ、今日も頑張るか!」
「!…はい、鬼柳さん!」
ぐるりと窓を背にし、鬼柳はにかっとした笑顔をニコに向けた。窓から刺す日光と同じぐらい、ニコにとってはそれ以上に眩いそれは、昨日までニコが感じていた違和感が無くなったようで清清しく、広がる青い空のそれと同等に思えた。
おわり