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覆水盆に返ることもある

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何とか、雨が本格的に降る前に小屋に入り、びしょ濡れになる事は回避できた。

そっとアスベルを寝かせ、上着を被せてからヒューバートも座り込む。


「……兄さん…」


そっと額に手を当て、目に掛かっている前髪を避けてやった。

するとそのせいかは分からないが、ピクッとアスベルの瞼が動き、ゆっくりと開かれる。



「…ヒューバート…?」



ぼんやりと開いたその目はまだ眠そうだったが、ヒューバートを見るなり驚いた顔になる。



「ヒューバート!?どうしてっ……っ、く」

「怪我してるんだから、動かないでください。今、手当します」

「…あ、ありがとう」



テキパキと処置していくヒューバートの手慣れた手つきを眺めながらアスベルは再度呟く。



「……なぁ、ヒューバート。お前、どうして…」

「どうして…、はコッチの台詞ですよ。何を勝手にラントを出て行っているんですか」

「……だって、勝負負けたし…」



小さく呟かれる言葉にヒューバートは思いっきり溜め息をつく。



「……別に僕は居ても良いと言ったでしょうが」

「……でも、出ていくなとも言ってなかったし」

「屁理屈を言わないで下さい」



バシっとアスベルの頭を殴りながらヒューバートは続ける。



「……では聞きますが、兄さん。貴方がラントから出ていって、どうするつもりだったんですか」

「……それ、は…」

「……また、死ぬつもりだったんですか?」

「…………」



ヒューバートの言葉にアスベルは黙り込む。


そんなアスベルの様子に、ヒューバートは厳しい顔をした。



「貴方は、馬鹿です」

「なっ、」

「どうしようもないくらい、馬鹿です。兄さん…」


ヒューバートの呆れたような、それでいて泣きそうな声音にアスベルは口を挟まず黙ってヒューバートを見守る。

するとヒューバートはゆっくりだが、一言一言呟き始めた。



「僕は…、別に養子に出されたことについて、本当は兄さんを恨んでなんて、いなかった」

「……え?」

「僕はただストラタの軍人として地位を築き、そしていつか……ラントの領主となる兄さんを支えたかった…」

「ヒュー、…バート……」


養子に出されたこと、病弱なのに長男だからと跡継ぎに選んだこと、アスベルが領主になること、それら全てを恨んだことはヒューバートは無かった。



「ただ僕は……、領主にならず、家を出て行った兄さんが腹立たしかった…!」


養子に出され心細い中、ヒューバートの生きる目標はただいつか領主となるアスベルの支えになることだった。

病弱で、頼りない兄の為にしてやれるそれが最大の愛情表現だと、ヒューバートは思っていた。

なのに、領主になることを選ばず、家を出て行ったアスベルを憎んだ。

それが愛すが故の憎しみだということには、ヒューバート自身、薄々気づいていた。



「……貴方は、本当に馬鹿だ…!大馬鹿だ…!」

「……ヒューバート…、ごめん…」



言い募るヒューバートにそっと手を伸ばしアスベルは弱々しくヒューバートを抱きしめる。

そんなアスベルの腕をギュッと掴みながらヒューバートはそれ以上何も言わなくなった。




「……なぁ、ヒューバート」



暫く、その状態で二人は抱き合っていたが少ししてアスベルが口を開く。

無言でアスベルを見つめてヒューバートは続きを促した。



「……今からじゃ、遅いかな?」

「………」

「俺、頑張るから。…ヒューバートの想いに応えられるように、頑張るから…。だから、俺に……力を貸してくれないか…?」



自信なく呟くアスベルに、ヒューバートは苦笑混じりの溜め息を一つ吐いて、そして、それからギュッとアスベルを強く抱きしめる。


それが、ヒューバートの答えだった。




「……ありがとう、ヒューバート」



そう小さな声で呟いたアスベルの表情は見えなかったが、今までよりも力強いそのアスベルの返答だけでヒューバートは満足だった。






『覆水盆に返ることもある』
      (もう一度二人で、水を溜めよう、ここから始めよう)