闘神は水影をたどる<完>
7.追跡
フェリドは城下から王邸に上がる一本道を、土砂降りのなか、馬を引きながら歩いていた。
季節が夏を迎えたオベルは、毎日のように夕立にみまわれる。白い石瓦を敷き詰めた道も泥水に汚れていた。水を捌ける石灰岩によって弾かれた雨水が、幾重もの筋になってフェリドの足下を流れていった。通りから見下ろせる海は、その様相を黒々とした重い平原に変化させ、ときおり鳥が飛び立つように白飛沫を上げた。晴れていれば亀が身を潜ませるかたちに似たナセル島、ネイ島など、周辺のちいさな島々が一望できる抜群の景観を誇るオベル王邸も、いまは冷たい雨風に晒されるばかりだった。
重たい雲の中で抑圧された光がほとばしり、遅れて地響きにも似た雷鳴が轟く。獅子が雲と海のあいだに落とされ、己の場違いに憤慨しているような響きだ。
フェリドは身を竦めて歩調を速め、赤い馬の手綱を引いた。
「待て」
不意に背後からかけられた声に、フェリドは振り返った。耳に痛い夕立のなか確実に聞く者を捉える、腹に力の入った好い声だった。白髪の交じりかけた髪を頭の上で結った男がひとり、雨をも臆さぬ様子で佇んでいた。
「この先はオベル王家の居住まいときく。自ら出頭申すならそれも結構。しかしその前に答えよ」
「出頭?」
フェリドは剣呑な言葉に目を細めた。男は険しい面持ちを崩さぬまま、こちらを見据えている。妙な動きをしたら即座に斬り伏せるとでも言いたげだった。フェリドとしては突然現れた偉丈夫に対し、妙な真似はおろかなんの謂われもなく、精一杯に困惑して見せた。
「その駛馬(はやめ)、どこで手に入れた。おぬしの馬ではないはず」
フェリドは即座に答えることができなかった。少年の馬とフェリドの馬が入れ替わるまでの経緯に、男はゆるりと耳を傾けてくれそうにない。
その一瞬の躊躇を不穏なものと解したか、男は厳しく口元を真横に引き、太刀に手をかけ上体を沈めた。男の黒金の額当てが見事な意匠を凝らされているのがぎらりと光って見えた。一瞬で男の発した気迫は並みのものではなく、フェリドにして片足を引き踏ん張らせたほどだった。
「答えられぬか」
作品名:闘神は水影をたどる<完> 作家名:めっこ