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先生と僕

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 新学年に進級して、一番最初の授業は化学だった。いつもにぎやかなクラスが、いつも以上にざわついている。定年で退官したおじいちゃん先生に変わって、今日から新しい化学教師がやってくるのだ。なんでも新卒の新米先生とのうわさである。
「うわさって、誰が聞いてきたのかなぁ」
「知んね」
 フィンランドが何気なくつぶやけば、隣の席の友人はそっけなく言って、眠たげな目を入口に向けた。廊下に面した曇り硝子を人影が通り過ぎ、ガラリ、と引き戸が開く。浮ついた空気だった教室がぴたりと静まり返った。
 入ってきた新しい化学教師に、フィンランドは目をぱちくりさせた。
「スウェーデンだ、よろしく」
 至極簡素な自己紹介を済ませ、スウェーデンは教科書を開くよう指示すると、さっそく授業を始めたのだった。友人のノルウェーのそれに似た強い東北訛りの、低くよく通る声が響き渡る。
 ノートを取りながら、フィンランドはその新任教師をじっと見つめていた。広い背中をこちらに向けて黒板を文字で埋めていく。今までのどんな先生よりも、黒板の高い位置から板書できる、すらりとした長身。チョークを動かす手を止めて、こちら側を振り向いた時に、フィンランドは分かるか分からないかという程度に、胸元で小さく手を振ってみた。
 彼は、ちゃんとフィンランドのサインに気がついた。眼鏡の奥の瞳を、ほんのわずかに見開かせたのだ。ごく一部の人間にしか気づけない、スウェーデンの表情の変化だ。
 ――変わってないなぁ、スーさん。
 フィンランドは、ふふ、とこっそり笑う。
 気まぐれにノートを取って、スウェーデンの講義に耳をすませ、やっぱり美声だなぁと思う。あまり得意ではない科目で、いつもならもっと長く感じられる50分が、あっという間に終わった。
 驚くべきは、しんと静まり返った授業だったことだ。フィンランドたちの学年のクラスがこんなに静かなのは、体育の後か、昼休み後の倫理や哲学の授業の時くらいのものである。
 新卒とは思えないほど泰然と、スウェーデンは威圧感たっぷりに始めての授業を終えた。落ち着き払って淡々と講義は、まさか教壇に立つのが初めてとは信じられないほど。
 そんなスウェーデン先生の前で、みんなはいつもの私語を飲み込んで、だけど興味津々でこの教師を見つめていたのだ。
 フィンランドだけが知っている。彼は外見こそあんな風におっかないけど、そしてフィンランド自身も未だにあの威圧感に慣れないけれど、内面はやさしくて全然怖いひとなんかじゃないんだと、フィンランドはよく知っている。

 昼休みはいつも、友人のノルウェーと一緒に過ごす。校舎の陰になっている場所だからか、ひとけが少ないベンチを陣取って、ランチを食べながら他愛ないおしゃべりに花を咲かせるのだ。
 サンドウィッチをかじり、ふとノルウェーはフィンランドに目を遣る。
「今日来た、あの化学のセンセはおめの知り合いけ?」
「あ、実はそうなんです」――ノルウェーにそれを報告するのを忘れていた。
「スーさ……じゃなくって、あの先生、昔からの幼なじみって言うのかな?歳の離れた友達っていうか、そんな感じだったんですけど、最近はあんまり会うことすらなくて。教職課程は大学で取るんだとは聞いてたけど、寝耳に水でびっくりしちゃいましたよ」
「ほう」
「でも、よく分かりましたね、僕が先生を知ってるって」
 によ、と彼女は口許で笑う。
「そりゃおめぇ、見てれば分かんべ」
「えー?!……って、授業中は僕じゃなくて黒板見てくださいよ」
「おめを見てる方がおもしろかったべ。あんだけぽーっと見惚れてりゃなぁ」
「えっ、ええええ?!」
 自分は一体どんな顔をしてスウェーデンを見ていたのだろう。フィンランドの顔が熱くなっていく。
「幼なじみな、それで分がった。で、アレにいつから惚れてたんけ?」
「う……」
 ずばりと言われてフィンランドは言い淀む。さすがは親友、よく分かっている。このきれいな藍色の目で見つめられれば、なんでも見透かされている気がしてしまう。
 もじもじもじもじ。
 フィンランドはフォークでランチボックスの中身をつつきまわす。
「いつからってのはハッキリ覚えてないけど、昔からかっこいいなーとは思ってたんです。でもやっぱり、か、顔が怖くて。怖いんだけど、いつの間にか、あー僕このひとのこと好きだなーって」
 ふんふんとうなずき、ノルウェーはプチトマトを口に放り込む。
「そんな調子でずっと、片思いのままだったんだべな」
「だ、だって!今さら好きだなんて……!」
 そんなこと、言えるわけがない。物憂い顔をして、フィンランドはノルウェーを見つめる。
「ノルさんはいいですよね、実はモテるし。こういうことなんて慣れっこなんでしょ?」
「興味ね」
 心底どうでもいいように言うノルウェーに、いつももったいないなぁとフィンランドは思う。意外とシャイな性格ゆえに口数が少なく、慣れれば実は遠慮がないせいか、浮いた話はとんと聞かない。親友のフィンランドをしても私生活をひた隠しにしているわけではなく、本当に色恋沙汰に興味関心がないらしい。
 美人だし、ほっそりとスタイルがよくてどこかミステリアスで、落ち着いていて、これで男子からはひそかに人気があるのだ。
 それに比べて自分はどうだ。童顔だし、ぽっちゃり体形だからお世辞にもスタイルがいいとは思えない。人見知りしがちだし、なんか地味だし――どんどん自虐思考に陥っていく。
 景気の悪い顔でランチボックスをつついているフィンランドに、ノルウェーもふぅとため息をつき、フィンランドの顎をつかんで口を開けさせる。
「んう、むぐ?!」
「食え。好きだろ、おめ」
 押し込まれたミートボールを咀嚼しながら、こくこくうなずくフィンランドにまたもう一つ、ノルウェーはピックに刺したそれを突き出す。
「そん替わり、おめのデザートのラズベリー、分けてくんろ」
 こくこく。お安い御用だ。
 ノルウェーのミートボールは美味しい。その対価にデザートを分かち合うこともやぶさかじゃない。けれど。「あああっ」とフィンランドは苦悩する。――肉とフルーツではカロリーが違い過ぎて等価にならない!また太ってしまう!
「ノルさんの鬼っ!自制心のない僕の馬鹿ぁっ!」
「ダイエットとかなんとか、また気にしてんのけ?ええかフィン、」
「フィンはめんこいっぺよ」
 真面目な面持ちで何事か言いかけたノルウェーを遮る、陽気な男の声。実にさりげなく、ノルウェーとフィンランドの間から、男が顔をのぞかせていた。イラッとした顔でノルウェーが睨むのは、この学校の教師であるデンマークである。
「おい、あんこ、」
「育ち盛りの女子高生にゃダイエットはまだ早ぇっぺ」
「でも……」
 呼んでもいないのに割り込んできたデンマークに、ノルウェーは開きかけた口を閉じる。ふっくらほわほわしたフィンランドが可愛いのだから、今のままでよかろうに、ダイエットなんて必要はないと思うのだけど、痩せたい願望とは生まれてこの方無縁のノルウェーが言ったところで説得力は薄い。
 ノルウェーはしぶしぶ引導を譲る。――ここは一つお前が諭してやってくれ、それが教師たるお前の職務であり存在意義であろう。
作品名:先生と僕 作家名:美緒