先生と僕
幼い頃は、スウェーデンの後ろにくっついて、あっちこっちを駆け回っていた。フィンランドが小学校に上がる頃にはスウェーデンはもう中学生で、いつしかふたりは一緒に遊ばなくなった。それでも家が近いから時々会う事はあったけど、フィンランドが中学三年生になった頃には、顔を見ることすら珍しくなっていた。
大好きだったひとが、また身近に現れた。それはそれで嬉しいのだけれど。
くすぐったそうに、困ったように、フィンランドは微笑む。
「僕たち、『先生と生徒』になっちゃったんですね」
彼が、先生、だなんて。変な感じだ。
スーさんって呼べない。先生、と呼ばなくちゃ。スウェーデン先生。何度口の中で転がしてみても慣れない呼び方だ。
ことん、スウェーデンは手に持っていた小鉢を置く。
ぼんやりとした照明を受けてたたずむスウェーデンからは、表情が読み取れない。
「ス、スーさん?僕また変なこと言っちゃいました……?!」
スウェーデンはじっとこっちを向いたまま、うんともすんとも言ってくれない。座ったところでやっぱり座高差があって、上から見下ろされているような状態なのだ。これで黙り込まれてしまうと、おっかないことこの上ない。
――やっぱりスーさん怖いよおおぉ!昔はそんなことなかったのに!
どきどきびくびくぶるぶる、身をちぢこめて、恐る恐る相手の様子をうかがう。
スウェーデンは緊張していた。怖いものなどこの世に存在しない、常に泰然とかまえていると他人からは思われるようだが、スウェーデンだって人間だ、緊張して委縮することはある。
気を張っていたり考え事をしていると、どうしても口数が少なくなってしまう。
――変わってねぇばい、フィン
フィンランドのことは時々気にかけていた。存外に達者な脚力で、中学校のスクールバッグを揺らしながら登校する姿を、よく目にしていた。彼女はスウェーデンが見ていることに気づいていないようだけど。
一緒につるんだ幼い時の印象そのままに、彼女は成長していた。内向的なのも、好奇心は旺盛なのに気が小さいのも、ほがらかな笑い方も、おんなじだ。
黙りこんでしまった自分を、フィンランドは困ったように見つめている。
何か気の利いた言葉のひとつでも言ってやりたいのに、何も言えないのが不甲斐なく、もどかしい。
「慣れねぇ事はするもんでねえなぃ」
え、とフィンランドは目をぱちくりさせて。ふにゃ、と微笑んで言った。
「今日、はじめての授業だったんでしょ?すっごく聞き取りやすいし、ノートも取りやすい授業でしたよ!それに、その……かっこよかった、です。スーさん、じゃなくて、スウェーデン先生」
「そが」
どうやら褒められているらしい。
誰に言われてもなんとも思わなかった、かっこいい、という褒め言葉。この子に言われるだけで、ものすごく嬉しい。いつも以上に高揚しているのが分かる。
「あんがとなぃ」
言うと、フィンランドのはにかんだ微笑みが返ってきた。
フィンランドがこんな表情をしている時はたいてい、いつもの威圧感をどこかへやって、スウェーデンも穏やかな顔をしていると。彼がそれを自覚するのはまだ先の話である。
To Be Continued...