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8月

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00.5年後の夏また出会うように



彼がみているのは、光と闇の世界。映しているわけじゃない、言葉の通り“みている”。
しかし何も映さないはずの眼を彼はずっと開けていて、ぼんやりと虚空をさ迷わせ、けして焦点の合うことのないその視線に何か見えるのか、と聞いたことがあるけれど彼は明るいか暗いかが分かるだけだ、と答えた。色彩は知っているのかとも聞いた。分かると即答された記憶がある。

「なにか、見えるのかしら?」

彼、ユーリ・ローウェルは声のした方向へと顔を向けた。ジュディスは眼が見えていないはずのユーリのその眼がはっきりと捉えるように自分の方へと向けられたのに対して、少し眉を寄せた。
焦点が合わないのは見ていれば分かるけれど、それはあまりにも些細なこと過ぎて、気づけない。
紫がかって見える黒い両目は、瞬きを繰り返したあと、すぐにまた窓の方へと戻された。

「なんか見えてるように見えるのか?」
「ええ。それか、今日の夕食のメニューでも考えたの?」

ジュディスは用意が出来た朝食を持ってテーブルまで運び、並べる。ユーリの座っている椅子の下で丸くなっていたラピード用のご飯も置いて、ジュディスはユーリの左隣まで足を運んだ。

「ああ。ジュディ、確か今日の夜、来れないんだっけ?」
「ええ、研修があって」

そうしてユーリに今日の朝食メニューと、一時の方向にベーコンサラダと半分に切ったゆで卵、四時の方向にコーンポタージュ、そして八時の方向にトーストがあることを告げて、向かい側の椅子に座る。

「何か作っていったほうがいいかしら」
「別に大丈夫だろ。インスタントくらいだったら、すぐに作れるし」

慣れたような手つきで食事を始めたユーリを確認してから、ジュディスもコーンポタージュに手を伸ばす。器を伝って熱が冷えた掌に移って心地いいな、と思いながらユーリの食べる様子を眺めた。
順調に食べていく様は本当に眼が見えていないとは思えないほどで、ジュディスはしばらくユーリを楽しそうに見つめた。

「それでもインスタント、よね。身体によくないわ」
「腹が膨れればなんだって同じだぜ。それにここんとこずっと手料理だったんだから、そう簡単に体調は崩さねぇよ」

な、ラピード、とユーリは隣で同じように食事をしているラピードに声をかけると聴覚を刺激しない程度の返事を返した。
このひとりと一匹はずっとこの調子で一緒に過ごして来たらしく、ユーリと過ごす時間が長くなったジュディスでもこの信頼関係に入る隙間はないように思えた。微笑ましい気持ちで、ユーリの傍に寄り添うラピードを見た後、ジュディスは分かったわ、と諦めたように苦笑した。

「また、明日の朝来るわ」
「ん、分かった。ありがとな」

朝食の後片付けをした後、大学へ行くユーリとラピードを見送り、そのあと洗濯物と部屋の掃除をあらかたやり終えてから、ジュディスも大学へと足を運ぶためにユーリの住んでいるアパートの鍵を閉めた。

「今日も平和な一日でありますように、ね」



作品名:8月 作家名:水乃